はじめに |
およそ1億5千万年前、サンゴ礁が広がる海の傍ら、木々の茂みの中で生命の新たな挑戦が始まっていました。最古の鳥、始祖鳥。海で生まれやがて陸に上がった生命は、ついに大空を目指したのです!そして今、地球の至る所に広がり自由に空を舞う鳥たち、鳥だけが持つ羽。それは生命が空を飛ぶ為に作り出した傑作です。鳥たちの繁栄をもたらしたこの羽は、どのようにして生まれてきたのでしょうか?第5話では、鳥の進化の過程と鳥達だけに与えられた翼、その不思議な能力の謎に迫りたいと思います |
大空を自由に飛びまわる鳥。鳥のように空を飛ぶことに、私達人類は憧れてきました。その憧れがあったからこそ、人間は空を飛ぶものとして航空機を発明し、さらにロケットを作り出し、人類の夢であった宇宙飛行をも実現させてくれたのではないのでしょうか?
ところで、鳥が登場する遥か昔から、トンボなどの昆虫が空を飛びました。また恐竜時代には、翼を持った爬虫類、翼竜(よくりゅう)がいました。現代の哺乳類でもコウモリが空を飛ぶます。しかし、鳥ほど自由自在に、しかも速く飛べる生物はいません。現在その種類は9千種を数え、地球の至る所に進出しています。鳥こそ空の王者です!その鳥の起源と進化の謎を解く鍵が、始祖鳥です。最古の鳥といわれるこの始祖鳥は、遥か1億5千万年前、ジュラ紀後期に登場しました。鳥たちはどのようにして生まれ、そしてどのようにして大空を目指していったのでしょうか?
今から1億5千万年前の地球は、一つに固まった大陸が分裂をはじめ、今のユーラシアや北アメリカにつながる大陸が生まれていました。当時北米大陸では、高さ100Mにも達する森林が広がり巨大恐竜が繁栄を誇っていました。ところが、その東に位置していたよヨーロッパでは、全く違う風景が広がっていました。今よりもずっと南にあり、しかも大陸のほとんどは、海に沈んでいたのです。サンゴ礁の海には大小の島々が点在し、海岸には干潟が広がっていました。陸地にはベネチステ類という粗鉄に似た木々が生い茂っていました。この時代に大空を支配していたのは鳥ではなく、まったく別の生き物だったのです。翼竜です。翼竜は、鳥が誕生する遥か前から空に舞い上がり、既に繁栄をしていたのです。
ドイツのバイエルン州立博物館のP・ベルンホーファー博士は、翼竜は鳥とは全く違う方法で空を飛んでいたと考えています。プテロダクティルス、1億5千万年前にいた翼竜の一つです。背骨をはじめ重い骨格を持った脊椎動物にとって、空を飛ぶ事は簡単なことでは有りません。そこで、翼竜は独特の工夫を凝らしていました。全ての翼竜に共通しているのは、腕の骨格です。3本の指があります。そして、その外側に長く伸びている骨、これは実は4本目の薬指が伸びたものなのです。
そして、その長い薬指と大腿部の間に皮膚を伸ばして膜を張り、大きな1枚の翼を作っていたのです。翼竜の翼は、大きな1枚の膜で出来ていたのです。しかも、長く伸びた薬指でその膜を支えていたのです。さらに骨格を軽くする為に、空洞の骨を持っていました。
空洞になったの骨の厚さは僅か1ミリ。骨の中には細かく張り巡らされた支えがありました。こうすることで、軽くして強い骨を作っていたのです。翼竜はいわばグライダーのような飛び方をしていました。海岸に吹く安定した風や上昇気流に乗って、滑るように空を飛んでいました。サンゴ礁や干潟の上を自由に飛び回り、エサの魚を見つけると海面すれすれに舞い降りて、長いくちばしで魚を捕まえようとしていたと考えられます。翼竜が空を支配していたこの時、もう一つの大空への挑戦が始まっていました。
ドイツ南部バイエルン州のアルトミュール渓谷。1億5千万年前、サンゴ礁の島々が広がっていたこの場所は、今は石灰岩の大地に変わっています。渓谷の町ゾルンホーフェンは古くから土木建築に使われる石灰岩の産地として知られています。薄い板のように剥がれていく石、その表面に1億5千万年前に生きていた数多くの生物の痕跡が刻まれていました。
今から130年以上前、1861年のある日の事、ここで最初に出てきたのは長さ6センチほどの1枚の羽の痕跡でした。さらに同じ場所から頭の部分が欠けた化石が見つかりました。この化石は鳥の特徴である羽を持っていながら鳥にはない長い尻尾が伸びていました。しかも足の骨は爬虫類の特徴を持っていました。全体の骨格は翼竜ともまた鳥とも違っていたのです。この化石は羽の痕跡があることから始祖鳥と名づけられました。
しかしこの生物は、鳥なのか?爬虫類なのか?全く謎だったのです。何人もの学者が鑑定しても結論は出ませんでした。最後の化石は、イギリス自然博物館に運ばれました。当時の館長は、化石研究の第一人者であったリチャード・オーウェンでした。彼は精密なスケッチを起こし、数ヶ月に渡って始祖鳥の化石を詳しく調べました。彼は化石の中央に残されたV字形の骨に注目しました。そして、それが鳥だけが持つ特殊な形をした叉骨(さこつ)である事に気が付いたのです。オーウェンは、始祖鳥は間違いなく鳥であると確信したのです。
1877年3月に発見された始祖鳥の化石には、鮮やかな翼が残されていました。1億5千万年前に登場した始祖鳥は、まさに最古の鳥だったのです!口は今の鳥にはないたくさんの歯が生えています。そして不思議なことに、翼には3本の鋭いカギのようなツメがありました。
南米・ベネズエラを流れる大河、オリノコ川。その広大な流域には湿原が広がり、数多くの野生動物の聖域になっています。ここに始祖鳥を思わせる奇妙な鳥が住んでいます。ツメバケイと呼ばれるこの鳥は、頭に冠のような羽を持つ鶏ほどの大きさの鳥です。親鳥の翼にはツメはありませんが、生まれたばかりのヒナには、その名のとおり始祖鳥と同じようなツメを器用に使って木の枝を渡り歩きます。このことから始祖鳥は、木の上で生活していたものから生まれたと考える専門家がいます。
アメリカ・カンザス大学のラリー・マーチン博士が鳥の祖先と考えるのは、2億年以上前に生きていた爬虫類、ラゴスクスの仲間です。博士によると鳥の祖先は、木の上に住むトカゲのような小さな爬虫類だったと考えています。地上に住む動物から生まれたものとは考えにくいのです。やはり、木の上に住む爬虫類が、木から木へ飛び回る為に羽を持ったと考えるのが自然だと博士は考えています。木から木へジャンプや滑空が出来れば効率良く、しかも素早く森の中を移動する事が出来ます。ラゴスクスのような木の上に住む小さな爬虫類が、少しでも遠くにジャンプできるように体を覆っていたウロコを次第に羽へと変えて鳥が生まれたのではないか?とマーチン博士は考えています。
実は鳥の羽も爬虫類のウロコも同じ物質で出来ています。見た目は全く違いますが、二つともケラチンというタンパク質で出来ているのです。爬虫類は身を守る為に、皮膚から硬いウロコを作りました。そしてその硬いウロコが姿を変え、複雑な形をした羽へと進化したと考えられているのです。しかし、爬虫類と始祖鳥の間をつなぐ化石は、これまで全く見つかっていません。化石から見ると羽を持つ生物、鳥は突然に現れた事になります。
この時代、既に空を飛んでいた翼竜も同じように木の上の爬虫類から進化したものと考えられています。なぜ鳥は、翼竜のような膜ではなく、羽を持ったのでしょうか?ドイツ・バイエルン州のジュラ博物館に収められた始祖鳥の化石は、1951年に発見されて以来、20年余り、まったく別の生き物に間違いられてきました。それは、コンプソグナトゥスという恐竜でした。
コンプソグナトゥスは、体長70センチほど、ジュラ紀後期の活動的な肉食恐竜でした。恐竜研究の第一人者、アメリカ・エール大学のジョン・オストロム博士は、始祖鳥とコンプソグナトゥスの骨格を徹底的に比較し、鳥の起源は恐竜であるという考えを深めています。
博士が指摘したコンプソグナトゥスと始祖鳥の骨格の類似点は、20箇所、それによれば、頭の骨、背骨、骨盤など骨格のほとんどに共通する特徴があるというのです。始祖鳥の骨格を見ると明らかに活動的で、運動能力の高い生物の特徴を示しています。だとすれば、始祖鳥は体温が一定の温血動物だったと考えられるのです。そして、最初の原始的な羽は、保温の役目をする為に生まれたのではないでしょうか?つまり、体の小さなコンプソグナトゥスのような恐竜が、体温を高く一定に保ち活発な運動を持続させる為に、体の表面を覆っていたウロコを羽に進化させたのだと考えられるのです。
博士は恐竜から羽を持つ生物、鳥の進化を次のように考えています。コンプソグナトゥスは小型ながら高い運動能力を持っていました。しかし、その運動能力を持続させる為には、体温を一定に保つ必要があります。その為に体の表面を覆うウロコを羽へと進化させ、体の熱を逃さず保温に役立てたのです。オストロム博士は、保温の為に羽を作り出した恐竜が、鳥の祖先だと考えています。
まだ、その決定的な証拠は見つかっていません。羽はどのようにして生まれたのか?多くの謎が残されています。羽はまさに突然現れたのです。1億5千万年前の空を支配していたのは、翼竜でした。亜熱帯に広がる干潟や浜辺を自由に飛び回っていたのです。そこに現れた始祖鳥は、まだ森の中にとどまる小さな生き物にしか過ぎませんでした。しかし、鳥はついに羽を手にし、飛び立つ時を待っていたのです。
およそ4億年前、陸に上がった生命は、様々に進化しました。爬虫類は、およそ3億年前に登場しました。その爬虫類から、私達の祖先である哺乳類の仲間が現れています。さらに爬虫類からは、恐竜と翼竜が生まれました。そして、最古の鳥、始祖鳥が登場したのは、1億5千万年前です。しかし、どこから分かれて鳥となったのか?いつ羽が出来たのか?は謎のままです。鳥の祖先は、原始的な爬虫類とも恐竜とも言われていますが、決定的な証拠がまだ見つかっていないのです。ともかく始祖鳥は、鳥の証拠である羽を持っていました。
羽はケラチンというタンパク質で出来ており、私達の髪の毛と同じくウロコから進化したものだったのです。しかし、その羽はウロコや私達の髪の毛とは違い、驚くほど精巧に出来ています。羽をどこまでも拡大していくと、100分の1ミリにも満たない細かな枝が、編みの目のように絡み合っています。私達の髪の毛と比べると羽の構造がいかに複雑か!という事が良くわかります。その羽を持った最古の鳥がこの始祖鳥なのです。頭から尾の先までおよそ50センチ、鶏と同じくらいの大きさでした。
当時、空を支配していたのは、膜で翼を持った翼竜でした。しかし、この時、始祖鳥が膜ではなく羽を選んだ事に鳥の繁栄をもたらす秘密があったのです。最古の鳥、始祖鳥は、骨格が恐竜や爬虫類のままである為、まだ上手くは飛べない鳥だったと、これまで考えられてきました。しかし、その羽は想像以上に飛ぶ能力を持っていた事が、最近わかってきました。アメリカ・ノースカロライナ大学のアラン・フェドウシア博士は、始祖鳥の化石に残された羽と現代の鳥の羽の構造を比較しながら詳しく分析をしました。そして、博士は、始祖鳥の羽に意外な事実を発見したのです。
始祖鳥の翼の化石を良く見ると、その形が現代の鳥と全く同じものだったのです。始祖鳥が誕生してから1億5千万年も経っています。しかし、今も昔も鳥の翼の形は、細かい点に至るまで、全く変わっていなかったのです。しかも、ミクロの細かな構造を調べてみても今の鳥と始祖鳥の羽は、全く同じなのです。
1861年に発見された始祖鳥の羽の化石から痕跡を調べると、羽の付け根から先端に伸びる軸は、中心ではなく片側に寄っています。今の鳥を見てみると、翼を羽ばたかせて軽々と飛んでいます。その翼は、数多くの羽によって作られています。翼の先端にある10枚ほどの長い羽、その1本を取り出してみると軸は中心ではなく片側に寄っています。始祖鳥の羽と同じ形をしているのです。しかもその断面は、波の様にうねっています。このような羽は、飛べる鳥全てに共通する特徴です。一方、飛ばなくなってしまった鳥、ダチョウではどうでしょうか?同じ羽でありながら、その形は全く違います。しかも軸は中心を走っています。軸が片側によった羽、実は、そこに空を飛ぶ為の秘密が隠されていたのです!
東京大学名誉教授の東昭博士の実験によると、非対称の軸を持ち、うねった板は、強い風を受けても常に安定した姿勢を保つ事が出来ます。飛行機の翼も、この形を基に作られているのです。始祖鳥は1枚1枚の羽を合わせて、まさに飛ぶ為の見事な翼を作っていたのです。鳥はその羽を人間の指のように繊細に動かすことで、微妙に動きをコントロールする事が出来るのです。鳥は羽によって飛ぶ為の仕組みを、見事に作りあげているのです。
羽をどこまでも拡大していくと、軸から細かい枝が整然と伸びている事がわかります。その細かい枝から、さらに細かい枝が伸び、それぞれの枝が無数に絡み合うことで、滑らかな羽の表面を作ります。この緻密な構造が、軽くて柔軟性のある羽を作っていたのです!その緻密な構造が、始祖鳥の羽にも伺えます。化石には軸だけではなく、さらに整然と並ぶ細かな枝の跡がハッキリと残されていました。1億5千万年前の太古の地球で始祖鳥は、細部に至るまで完成された羽を既に獲得していたのです。
始祖鳥が上手く飛べなかったと考える理由は、何も有りません。今のカッコウのように木々の間を飛び回っていたのではないのでしょうか?極めてすぐれた飛行能力が無かったとしても、始祖鳥は、自由に飛び回ることの出来る一人前の鳥だったと思います。始祖鳥の羽は、これまで考えられていた以上に、完成されたものでした。
フェドウシア博士は、始祖鳥は森の中を自由に、しかも活発に飛び回る事が出来たと考えています。しかし、始祖鳥の頭上には空の先駆者、翼竜達がひしめいていました。翼竜は始祖鳥と違って空洞の骨を持ち、体を軽くしていました。始祖鳥は、翼竜のように大空を軽々と飛び回る事は、まだ出来なかったのです。
1億5千万年前のジュラ紀に生きた始祖鳥の化石は、ドイツのゾルンホーフェンで見つかったものだけです。一方、翼竜の化石は、世界各地から大量に発見されています。始祖鳥が登場した時には既に、10種類以上の翼竜が栄えていたのです。空はまだ翼竜のものだったのです。鳥が翼竜に対抗して大空に進出する為には、まだ長い時間が必要でした。
1992年、中国で新たに鳥の化石の発見が、報告されました。今、中国では始祖鳥に次ぐ世代の鳥の化石が相次いで発見されています。これまで広い国土を持ちながら、なかなか進まなかった化石の発掘作業が、ようやく軌道に乗り始めたのです。
中国、東北地方、始祖鳥時代からおよそ1千5百万年後の白亜紀初期の地層が残されています。かつてここは、ゾルンホーフェンと同じ亜熱帯の気候に包まれ、大きな湖の傍らにはシダや粗鉄の森が作られていました。
その森に、新しく進化した鳥がいたのです。中国の鳥という意味で、シノルニスと名付けられたこの鳥は、10センチほどの大きさでした。シノルニスもまた森の中に住み、昆虫や小さな爬虫類を食べていたと考えられています。化石から復元した骨格は、遥かに現代の鳥に近づいていました。始祖鳥の骨格と比べると、歯は小さく少なくなり、翼の3本のカギツメも短く、尻尾の骨は退化してほとんど無くなっています。
最も注目すべき点は、胸の骨が発達していたことです。この骨を持つことによって、翼を動かす為のより強力な筋肉を付ける事が出来ます。さらに重要な事は、シノルニスが、翼竜と同じように空洞になった骨を持っていたことです。それは体を軽くするだけでなく、飛行に必要な重要なメカニズムを体の中に獲得していたことを意味していました。
シノルニスの空洞になった骨の中には、気嚢という特殊な装置が組み込まれていたと考えられます。骨の中や体中に張り巡らされた気嚢は、肺とつながっています。こうする事で、空気中の酸素を最大限に利用し、大きなエネルギーを作り出していたのです。気嚢は、より高度な飛行をする為には欠かせないものなのです。鳥の肺は、前後にある気嚢とつながっています。後の気嚢からは、新鮮な酸素が絶えず供給され、一方、前の気嚢は、肺から二酸化炭素を受け取り、外に吐き出します。この仕組みによって、肺は常に酸素に満たされ、大きなエネルギーを得る事ができるのです。
シノルニスの体の中で、進化の営みは、着実に進められていました。羽だけではなく、飛ぶ為に、体の仕組みを作り変えていったのです!シノルニスは、始祖鳥より遥かに飛ぶ能力が優れていました。森を出て空を自由に舞う事が出来たと考えられています。1億年以上も前に既に鳥は、今とほとんど変わらない仕組みを完成させていたのです。
鳥が誕生し、そして飛ぶ能力を獲得する、それはこれまでには無いほど、爆発的な進化だったのではないでしょうか?それを可能したのは、もちろん羽を作ったからです。しかし、それだけでは無く、大きなエネルギーを作り出す仕組みをはじめ、飛ぶ為に体の構造を極限まで変えた事にありました。それにしても、羽の構造は、魔法の力を借りたかのように本当に素晴らしいものです。その羽が全く新しい生物、鳥を生み出したのです。
1億5千万年前の地層から、僅か8個しか見つかっていない鳥の化石は、白亜紀の終わりにかけて、その種類と数が増えてきました。鳥は世界各地に広がり始めたのです。特に北米大陸から白亜紀の鳥の化石が、数多く発見されています。現代のアジサシに似たイクチオルニスは、翼を支える強い筋肉、獲物を捕らえるための長いアゴ、それに反り返った歯を持ち、海上を羽ばたいて飛ぶ事が出来ました。また、ヘスペロルニスは、ペンギンや鵜のように水掻きのついた後ろ足を使って、海の中に潜る事さえ出来たのです。白亜紀の鳥は、様々な環境に次第に適応し始めていたのです。
一方、長い間、空を支配していた翼竜は、鳥とは異なる進化の道を歩み始めていました。それは、種類を減らしながら巨大になるという選択だったのです。2億年以上も前に登場した翼竜、当初、翼を開いた長さが30センチにも満たないものもいましたが、白亜紀の終わりに登場したプテラノドンやケツアルコアトルスは、その長さが7Mから12Mにまで達していたのです。
巨大化した翼竜が、どのような飛行をしていたのか?1985年のアメリカで、模型を使った実験が行われました。翼の長さは5.5M、体重15キロの翼竜の模型が見事に空を舞ったのです。翼竜は、元々滑空を得意としてきました。そして、白亜紀の終わりに登場した巨大な翼竜は、僅かな風を翼で捉えて、長い時間、滑空をし続ける事が出来たと考えられるのです。6千5百万年前の末期には、巨大化した翼竜は僅かに3種類となり、鳥は逆にその種類を増やしていました。
6千5百万年前のこの時、直径10Kもの隕石が地球を襲いました。巨大な隕石の衝突をきっかけに、地球環境が激変しました。粉塵が地球全体を覆い、長い冬が訪れました。そして、翼竜と鳥は、運命の分かれ道を迎えたのです。アメリカ・メキシコ州・ラトン、ここには6千5百万年前の大異変の前後の地層が、ハッキリと残されています。上の白く見える新生代の地層からは、翼竜の化石は全く見つかっていません。翼竜は6千5百万年前、絶滅してしまったのです。
イギリス・レディング大学のジョージ・ウイットフィールド博士は、生物運動工学を研究してきました。その立場から、博士は翼竜が、極めて特殊な生物に進化していったのだと考えています。その研究によれば、白亜紀末期にいたプテラノドンの飛行速度は、秒速8M程度で、風が14Mを超えると飛ぶどころか吹き飛ばされてしまうのです。
鳥が羽ばたきによる自力飛行の道を歩んだのに対して、翼竜は、膜で出来た翼をひたすら大きくし、極めて緩やかな風でも飛べるような形に進化したのです。しかし、その代わりに強い風のもとでは、飛ぶ事が出来なくなってしまったのです。
生物は、環境により良く、より上手く適応するように進化するものです。しかし、環境が変わった時、前の環境にあわせて進化してきた道を後戻りすることはできません。翼竜の場合も、新しい環境に適応する能力をもはや失っていたのです。おだやかな環境の中では、威力を発揮した大きな翼は、環境の激変についていけなかったのです。長い間、繁栄を誇ってきた翼竜は、6千5百万年前、ついに姿を消してしまったのです。
一方、鳥は、新しい時代を迎える事が出来ました。始祖鳥の古里、ドイツ、その中央部に位置するメッセに5千万年前の地層が残されています。多くの哺乳類の化石に混じって、たくさんの鳥の化石が見つかっています。足の長い化石は、今のフラミンゴに似ています。この他、トキやワシ、タカなど少なくても13種類の鳥の化石が見つかっているのです。
鳥は羽という素晴らしいものを持っていました。羽は丈夫で、しかも、たくさんの羽が翼を作っています。その為、かなりの羽が損傷し無くなっても翼は、飛ぶ能力を失う事は有りません。1枚の膜で翼を作った翼竜に比べて鳥の翼は、はるかに優れていたのです。鳥の羽は、熱を逃がさない断熱材の機能を持っています。ですから、寒い所で体を温めるのに都合の良いものです。
しかし、それだけでは有りません。逆に暑い所では羽を広げることによって、体の熱を放出し、体温を下げる働きもするのです。この羽のおかげで鳥は、どんな寒い所でも、また、どんな暑い所でも自由に体温を調節する事が出来るのです。こうして、鳥は場所や気温に左右されること無く、様々な環境に適応できるのです。
鳥は、羽という他には無い傑作を生み出しました。そして、骨格や体の中の仕組みまで変えました。空を飛ぶ為の様々な工夫を凝らしながら、大空へ挑んだのです。今や、赤道直下から極地まで、至る所に様々な鳥が、繁栄を誇っています。そして鳥は、どの生物も成し遂げなかった飛行能力を獲得しました。中には、北極から南極まで、ゆうに1万キロ以上の距離を移動するものさえいます。また、8千メートルの山々を越えて、空高く飛ぶ鳥もいるのです。鳥、それは、私達人間には計り知れない能力を秘めた生物なのです。
鳥たちは重力に打ち勝つ為に、羽で出来た翼を持ち、体の仕組みまで変えて大空を自分のものにしました。ひょっとしたら、空を飛びたいが為に、自分の体を作り変えていったのでは無いか?と思うほど鳥は完成された飛行マシーンです。大空を自由に舞う鳥たちを見ると、生命のもつ計り知れない可能性を感じずに入られません。私達はつい最近になって、丸い地球を見る事が出来ました。そして、初めて人類は地球規模で物事を考えられるようになったのです。しかし、大陸や海を越えて飛び回ってきた鳥たちは、遥か昔からその事を感じていたのかも知れません。
南太平洋に浮かぶ火山島、タヒチ。眩い日差しのもと、花が咲き乱れるこの島は、地球に残された数少ない楽園として知られています。しかし、この島が、数百万年に誕生した時は、緑一つ無い不毛の島でした。今、この島に見られる植物の6割以上は、実は海を渡る鳥たちによって、もたらされたものなのです!極物の種やツルが、シギやチドリの翼につけられて、遠い大陸から運ばれていたのです。私達人間とは全く違う道を選び、果敢に大空に挑んだ鳥たち、空を征服したその翼は、地球のあちこちに生命の種を運んでくれる翼でもあったのです。
翼竜は、その膜を大きくし巨大化するという進化の道を選びました。それによって、緩やかな風でも飛行できるという、環境に適した生き方が出来たのです。それは、労力が少なくて済む要領の良い生き方でした。しかし、反面、強風時には飛べなくなり、ついには、環境の激変に適応できずに絶滅してしまいました。
それを現代に置き換えて考えてみますと、要領良くその時代に適応した生き方は、その時は労力も少なく、素晴らしい生き方ができるかも知れません。しかし、一旦、環境が激変(逆境や時代の変化など)すると適応できなくなり、やがては、「良い人生」を失ってしまうのです。人は要領の良い生き方をなかなか変える事が出来ないものです。
つまり、おだやかな環境の中で、威力を発揮したその生き方は、環境の激変(逆境)についていけなくなる可能性が大きい、という事を示しているような気がしてなりません。環境に自分を合わせていく生き方の選択は、良い人生、そうは長続きしないということを、「翼竜の絶滅に至る過程」が教えてくれているような気が致します。
一方、現在に至るまで繁栄を誇った鳥の生き方、進化の選択は、どうだったでしょう?一見要領が悪く労力の大きい自力飛行という、進化の道を選んだのです。そして、自らの体の仕組みを変えて、大空を自分のものにしたのです。空を飛びたいが為に、体を作り変えていったと言っても過言では無いでしょう。そして、鳥は環境という場所や気温に左右されること無く、様々な環境に適応できる様になったのです。鳥たちは、私達人間には計り知れない環境適応能力を秘めた生物へと進化したのです。
これを現代に置き換えて考えて見ますと、どうでしょうか?逆境や時代の激変にも適応できる生き方、人生を送る為には、労力をいとわずに自らの体質、思考方法を変えていく事が、何よりも大事!その時は、例え要領が悪く見えても、やがては、素晴らしい人生を歩めるという事を鳥たちの進化が、教えてくれているような気がしてなりません。
つまり、自分を作り変えていく事によって、どんな逆境や時代の変化にも適応できる素晴らしい人生を自らの手で開拓できるのです。環境や時代の変化に適応できる生き方を歩む為には、自分の中に「確固たるもの」、コヴィー博士曰く、ミッション・ステートメントを作っていかなければならないのです。コヴィー氏の次の言葉に尽きると思います。「本当にその状況を改善したいのであれば、コントロールできる唯一のもの(自分自身)に働きかけることである。」「自分自身の思い、自分自身の考えそのものを根本から変えることが出来ない人間は、周りの世界を変えることは一切出来ない。」根本的な変化は、インサイド・アウトから起きるものである。