樋口 廣太郎

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掲載の本

前例がない。だからやる! 実業之日本社

著者紹介

1926年、京都府に生まれる。1949年、京都大学経済学部を卒業後、株式会社住友銀行に入行。五反田支店長、秘書役、東京業務部長、東京業務第一部長、業務推進部長等を歴任し、1973年取締役。1975年常務取締役。1979年代表取締役専務、1982年代表取締役副頭取に就任。1986年アサヒビール株式会社顧問から代表取締役社長に就任。1992年代表取締役会長。1999年取締役相談役名誉会長に、現在、相談役名誉会長。財団法人新国立劇場運営財団理事長、日本ナスダック協会会長、内閣特別顧問

本の概要

ライバルメーカーに自社の欠点を聞きに行く。製造から3ヵ月たった商品は残らず処分する。最高の原料を手に入れるためなら経費は惜しまない。「夕日ビール」と揶揄された、シェアひとケタ台時代のアサヒビールにやってきた著者は、ビール業界の「タブー」に次々と体当たりで挑んでいきました。「スーパードライ」でアサヒビールを業界トップに導いた革新的な発想法とは?キリンビールを射程内に据えたアサヒビールの大躍進の秘密とは何か?樋口会長が自ら語る企業活性化のための秘策。すべてのビジネスマンに前向きな力を与える一冊だと思い、紹介させて頂きました。

はじめに

過去に経験がない激しい環境変化、長引く景気低迷等々、誰もが企業経営を取り巻く状況は厳しいといいます。だからといって「環境が悪い」「状況が厳しい」と言っているだけでは、経営はうまくいきません。むしろ私は、激しい環境変化、長引く景気低迷等を経営の所与の条件と捉え、それに挑戦し、「どうしていくのか!」を社員に示すことが本当の経営ではないかと考えています。つまり、逆境の時代は、過去にとらわれず、前例のないことに挑戦できる時代でもあるわけです。

この本は、長い間、業績の低迷に苦しんでいたアサヒビールがコクキレビールやスーパードライなどのヒット商品を世に送り出し、おかげさまで再建が進み、みなさまに「奇跡の復活」といわれた過程で、私が経営トップとして何を考え、何をしてきたのか、そして、アサヒビールの社員がいかに燃え上がり、チャレンジしてきたかを通じて、アサヒビールが変貌していった姿を具体的にお話しています。

前例がない。だからこそやる!

当時ビール業界はもはや成熟産業といわれた時代でした。その中にあってアサヒビールは「夕日ビール」といわれ、毎年のようにシェアを落とし続け、85年には9.6%と一桁台のシェアになってしまいました。私の社長としての責任遂行は、まさに厳しい経営環境と逆境の中でのスタートになったのです。

まず、やるべき事は根本的に社員の意識を変えることでした。負け犬根性で「われわれは努力しているのですが」とか「経費が少ないものですから」と言っているだけでは、他社に勝てるわけがありません。今までと同じように考えたり、行動していてはダメなのです。前例の通りやっているのは楽だし、間違いないのかもしれませんが、それでは前に進めません。

社員には「前例がないからやらない」のではなく、「前例がない。だからこそやる!」という発想を求めました。発想を変えれば前向きになります。私はビールそのものは素人でした。その意味で、何の先入観もなく「当たり前のことを当たり前にやろう!」「人マネはやめよう!」と呼びかけることが出来たのです。

そして、結果としてアサヒビールを変貌させることになったのですが、それ以上に大きな要因になったのは、社員の一人ひとりが、そのことに気づき、燃え上がって、前例のないことにチャレンジし続けてきたことです。この本が、長引く不況に直面している経営者、ビジネスマンの方々に「勇気」と「冷静さ」、そして「出来ることと出来ないことを認識する力」を幸いにも与えることが出来れば望外の喜びです。

ライバルメーカーに自社の欠点を聞く

1986年1月、私はアサヒビールの顧問になると、さっそくキリンビールの小西会長(故人)とサッポロビールの河合会長(当時)にご挨拶に伺いました。そして、率直に「アサヒビールの、どこが悪いのか。どうすればいいのかを教えてください」と伺ってみました。自分の会社の欠点を、ライバル企業に尋ねる経営者もいないと思います。これも前例がないかもしれません。でも、私は背に腹は変えられない気持ちでした。

それまでのアサヒビールでは、とにかく原材料コストを切り詰めることばかり考えていたようです。お二人のアドバイスを簡単に言えば「ビール作りにはいい原材料を使い、古いビールをお客様からなくせ」という「入り口」と「出口」の大切さです。私はこのアドバイスを徹底的に実行させていただきました。度量が大きいお二人には、心から感謝しています。

前例がない「味を変える」ことに挑戦

飲食の世界では、味を変えると失敗するというジンクスがありました。コカコーラがペプシコーラに追い上げられ、コーラの味を変えて失敗したのは、その典型的な例です。しかし、私はあまりの業績悪化のために、前例のない「ビールの味を変える」というタブーに挑戦せざるを得なかったのです。私がアサヒビールに来た1986年当時のビール業界は、容器戦争の真只中でした。ビールの容器だけを変え、中身の味を変えることはほとんどありませんでした。それは、味を変えてお客様が離れていかれるのが、一番怖かったからです。

しかし、私は「ビールの味を変えなければ、アサヒビールの運命は尽きる。シェア・ダウンを食い止めるには、味でトップになるしかない!これからは中身の競争に入らなければダメだ。味の変革をしよう」と不退転の宣言をしました。美味しいビールを作るにはどうすれば良いのか?私は、アサヒビールの原点として次の四つを社内に徹底しました。

① 原材料を買い求めるのにお金を惜しまない。

② 人のマネはしない。独創性を発揮してクリエイティブなものを追及する。

③ 健康指向。

④ 出来た商品については、常に美味しいものを飲んでいただく。製造から三ヶ月経ったビールは、全国どこにあろうと買い戻して処分する。

他社と一味違う新しい味のビールを提案して、味のトップになる!人マネだけは会社が潰れてもやらない!この決意があったからこそ、コクとキレをあわせもつ新しい味を提案した日本ではじめてのドライビール、アサヒスーパードライが開発できたのです。「前例がないからやる!」という挑戦的な試みでした。これからは積極的に冒険していこう。コストがかかっても、いい商品を作ることに専念しよう!と方向転換したのです。確かに資金面では厳しい状況にありましたが、あえて私は原材料を買い求めるのにお金を惜しまない決断をしました。問題に直面した時は、今までのやり方を躊躇せずに、常に見直すことが大切なのです。

いい商品づくりの工場変革

生産現場を回っていたとき、ある工場長が「うちの工場は、こんなに原価低減して、会社の利益に貢献しています」と胸を張って言うのです。しかし、私は「それは違う。誰も工場長に儲けてくれと頼んでいない。工場長には利益責任はない。工場の役割は、いい商品を生産することにあるはずだ」と思いました。工場に利益管理制度による原価計算を任せれば、当然安くてグレードの低い原材料を使いたくなります。それでは、いい商品が出来るわけがありません。いい商品づくりのためには「工場で利益を上げるのは当たり前」という考え方を変えていく必要があったのです。

私は全国の工場に出かけ、社員に「私たちは何のために働いているのか考えて欲しい。いい商品、美味しいビールを作るために働いているのではないですか!だったら、これからは安い原料を使って少しでも儲けようなどと考えるのはやめようではありませんか!と訴えかけました。これは大きな賛同を得ました。

前例がないから共感を呼ぶ

私はさっそくサッポロビールの河合会長からのアドバイスを受けたフレッシュ・ローテーションを社内に呼びかけました。「製造日から三ヶ月以上経った古いビールは、特約店・酒販店から回収して処分しよう!」と厳命いたしました。これには、みんな驚きました。一度、工場から出荷したビールを回収して処分するビール会社なぞ、世界中どこを探してもなかったからです。社内からは「古いビールでも売れるところがある。処分するなら値引きして、少しでも換金した方がいい」と猛反対を受けました。

古いビールを回収したとき、社内で行われる毎月のビールデーで、社員たちに最初はできたてのビールを飲んでもらい、二杯目から回収してきた古いビールを飲んでもらいました。すると「こんなまずいビールが飲めるか!」という会話が聞こえてくるのです。すかさず、私は壇上に上がって、「いま、君たちが飲んだ二杯目のビールはまずいだろう。そのビールを、いままでお客様に飲んでいただいたんだ。これではお客様に買っていただけるはずがない!こういう古いビールは処分しようじゃないか!」と声を張り上げて訴えたのです。

営業は「もう、うちには古いビールはない。よし頑張ろう!」という気持ちになり、酒販店に「当社は古いビールはありません!新しいビールばかりです!」と胸を張っていえるようになりました。世界中で他のビール会社がやらないことをやらなければ、お客様の共感は呼びません。夢のない企業には、社員の働き甲斐も生まれません。社員に夢を与えられれば、目標の達成は七、八割成功したのも同然だと思います。

人員整理するなら社長が辞めろ

当時、アサヒビールの給与が、ビール業界の中で最も低い水準にあることは確かでした。私は具体的に社員に語る夢として「給料はサッポロ以上、ボーナスはサントリー以上、勤務時間はキリンより短く」という目標を掲げました。それが社員の元気、やる気につながったのではないかと思います。私がアサヒビールに来たときは、最初は「また銀行から社長が来た。厳しい経営をするかもしれない」という不安があったでしょうから、私は「絶対に人員整理はしない。ボーナスも可能な限り払う」とハッキリ言葉に出しました。給与面や待遇面の改善は、組合から要求がある前に、さっさと経営判断として実行してしまいました。労働組合は「要求もしていないのに」とビックリしたようです。

会社は、それなりの将来イメージを描いて人員を採用するわけですが、イメージ通りに経営が進まない場合もあります。でも、だからといって人員整理するべきではありません。どうしても人員整理をしなければならない状況になったら、その前に経営者自信、特に利益責任がある社長が辞めるべきです。社員を肩叩きして、自分が残るというのは経営者として無責任極まりないと思います。

メーカーはダイコン役者たれ

商品はお客様によって作られるものです。メーカーはお客様が求めるものを作らせていただく、という姿勢が最も大切で、「当社が開発したビールだから、お飲みください!」という態度ではお客様は受け入れてくれません。お客様や特約店・酒販店さんの率直な意見、厳しい意見に謙虚に耳を傾けてこそ、ヒット商品が生まれるのです。今までのビールは、メーカー主導で味を決定してきましたが、果たして、それでいいのでしょうか?そこにはメーカー側に「プロが決めた味はマーケットに受け入れられるはずだ」という思い上がりがあったように思います。そうではなく、お客様が求めている味をいかに提供していくか、という原点から商品を開発していくしか、メーカーが生き残る道はないのです。

「美味しいビールとは、どんなビールですか?」「ご自分が飲みたいビールは、どういうものですか?」というアンケートを五千人に実施して生まれたビールが、コクキレビールです。大切なのは「お客様が本当に望まれていることは何か?」「お客様が、これから望まれるものは何か?」というお客様のニーズ、ウォンツを的確につかみ、それに基いた商品開発をすることです。そして、商品開発の過程では「夢のようなもの」を作り出そうとする意気込みがたいせつなのです。

営業の目的は売り上げより情報だ

アサヒビールでは売り上げを増やすための、押し込み販売はやめています。押し込み販売をやれば、結局、在庫を増やし古いビールを作ってしまうことがわかっているからです。私は営業部門に押し込み販売だけでなく、「他社の商品を棚から動かしたり、他社の悪口を言うな!」と厳しく言っています。私は支社や支店は、クレームを回収するところだと思っています。ですから、営業部門には「売り上げを増やすより、まず特約店や酒販店に顔を出して、色んな悪い情報をもらってきなさい」と言っています。それで本当の営業力がつくと考えています。売り上げ第一では営業力は強化されません。

明るい職場づくり

私が強調したのは「明るい職場、明るい会社にしたい」ということでした。その為には…

① 誰もが納得する公正な人事を行う。② より積極的に物事に取り組み、仕事は執念を持って貫徹して欲しい。③ 失敗を恐れるな。積極的にやって失敗したことについては、私が責任を負い、社員の責任は問わない。④ とにかく、いいものを作ろう。

と訴えました。私はアサヒビールの顧問に就任した時、「私は自分の今までを振り返って、生まれつき運が割合強いと思っています。この会社で、皆さんの叡智を集め、皆さんの支持を得て、本当に自分の運勢が強いかどうかを、みなさんに試してもらいたい」と挨拶をして、少しでも雰囲気を明るくしようと努めました。

プラス思考の大切さ

新しいことにチャレンジする時、発想をプラス思考に変えることが非常に大切です。プラスに考えれば、仕事のやり方、取り組み姿勢を変えることが出来ます。今まで通りに仕事をやっていれば、波風は立たないでしょうが、創造的な仕事は生まれません。私は車の中にアサヒビールの名前が入ったジャンパーと菓子折りを積んでおき、酒販店が目に付くと「アサヒビールの樋口ですが、何かご注意いただくことはありませんか」といって一軒一軒訪問しました。

あるとき、店の人が気の毒そうに「アサヒビールは売れないから、おいていなんですよ」と小声で言うのです。こういう時は、ものの考えようで、これで滅入っていたらダメです。うちのビールを置いている酒販店が都内に47%しかないとうことは、残り53%に挑戦できるわけで、あとは「そんなにチャレンジできるのか」というプラス思考になるかならないかです。私は「これからは、きっといい商品を出します。そのときはお願いします」と頭を下げて回りました。

社員が困っていることを取り除け

私は、人間をよく「熱気球」にたとえます。人間は困っていることを取り除いてあげれば、誰でも重石をはずした熱気球と同じように、必ず上昇していきます。私は社員を捕まえては「困ったことはないか?」と聞いて回りました。ビールのビの字も知らないでビール会社の経営者になった時、まず、社員が困っていることを取り除いてあげよう!と思ったわけです。どうしても出来ないものはともかく、出来ることは即座に実行しました。

とはいっても、社員の不満を解消するには、例えば待遇を良くしようとすれば、会社が多くの負担をしなければならないこともあります。会社というところは収益がマイナスになることを、物凄く嫌います。しかし「熱気球論」で、社員が困っていることを取り除いてあげれば、必ず業績は上がります。一時的に会社の負担になっても、いずれ職場の成績が良くなり、会社の業績も上がることで、マイナスをカバーして、お釣りが来るくらいの成果が生まれます。

会社には社員に隠す秘密はない

全てを伝えることからはじまります。話の内容は会社の現状分析、問題点、将来展望を含め、会社会議や取締役会で何が決まり、これからなにをやるのか、全ての情報を社員の前にさらけ出しました。当然、その中には、いわゆる企業秘密に関することもあります。新しい資本主義におけるキーワードは「透明性」です。アサヒビールでは社長が役員に話すことも、末端の営業部員に話すことも、ほとんど違いはありませんし、社外に対しても同じことです。そこまでやらなくては、社員の本当のパワーを引き出すことが出来ません。

マイナス情報こそが会社を良くする

会長や社長という会社のトップに上がってくる情報は、とかく耳に心地よいものが多くなります。むしろ苦情や商品へのクレームといったマイナス情報こそが経営情報なのです。そうしたマイナス情報を集めるには、「集音装置」を構築する必要があります。お客様の生の声を正確につかむためには、市場から出てくる「悪い情報」をいかに集めるかに尽きます。情報を持ってきた人に「そんなことは分かっている」「また、その話か。しつこいぞ」「その話は部長に言っておけ」と言ったら「消音機」になってしまい、もう音は入ってこなくなります。

「それは面白い」「それは大事なことだ」と言って、何事にも興味を示せば、どんどん音は集まってきます。バッド・インフォメーション(悪い情報)こそ、「経営の宝」なのです。

経営の原点は感謝の心にあり

私の経営の原点は、「感謝すること」にあります。この世の中で、この仕事の存在が許され、人として生かされていることには、感謝しなければなりません。しかも、商品はお客様、流通の方に育てていただいています。その意味で、私はお客様に感謝し、酒販店、特約店のかたがたに心から感謝しています。そして、神仏に、社会に、万物に感謝しています。

首切りは安易な経営

1981年、業績の悪化を理由に当時3000人の社員のうち500人に会社を辞めていただいたことがあります。5年後、私が社長に就いたときにも、この人員整理の後遺症が大きく残っていました。業績が回復しても、私は手放しで喜べませんでした。今日の業績回復も、当時の経営方針に添って身を引いていただいた人たちがいたからこそ出来たものです。「辞めていただいた人に戻ってもらおう」と決心いたしました。

かつて肩叩きで辞めていただいた人のうち、定年退職前の人は無条件で再雇用しました。定年の年齢に達してしまった場合は、子供さんやお孫さんなど三親等までの人であれば、当社やグループ会社に優先的に入社していただいています。

「うちは人を大切にする会社だ」「みんな一緒になってやり直すんだ」という気持ちが、社内の空気を自然に変えて生きました。退職された方のところに何度も何度も足を運び、肩叩きしたことをお詫びして「みなさんのお陰で立ち直ることが出来ました。もう一度、復職されませんか」と呼びかけました。

松下電器の松下幸之助さんや出光興産の出光佐助さんは、終戦後、外地から社員が次々に復員してきた時、大変な時期であったにもかかわらず、みんなを受け入れました。松下さんは「一人のクビも切ってはいけない。そうでなければ、松下電器が残る意味がない」と言われたそうです。

出光さんは「私は、この会社を永遠のものにするために、世の中に生かされているんだ。一人も辞めさせてはいけない。私は給料は一銭もいらない。そして、君たちも三度の飯を二度に、それでもダメなら二度の飯を一度に、一度の飯をお粥にしてでも頑張ろう」と言われたそうです。人員整理をやれば、クビを切られた方はもちろん、切る立場になった人も、それからの人生に重荷を背負うことになります。どちらにしても、幸せなことはないのです。企業は社員に対して強制的に退職を迫ってはいけません。経営者は、どんなことがあっても働く仲間を守り、裏切ってはならないのです。

リーダーシップ

企業社会で求められるリーダーシップという場合、それは部下を管理することだ、と考えている人が一番困ります。リーダーシップとは管理能力ではなく、部下の能力を充分引き出すこと。その為には、自分自身が豊かな発想を持って、いろんな才能を持った部下と一緒に仕事が出来るかどうかが大切なことです。そこで必要なのは、他人に対する思いやり、つまり自分の意見と異なる意見を持つ人を認める度量です。これが、より良い人間関係を構築するためには大事なことです。人間関係がきちんとできない人は、他にどんな才能があってもリーダーとして長続きしません。思いやりのない人には、他の人がついてきません。

姿勢を低くして教えを請う

松下幸之助さんは、あからさまな言い方ではなく、いつでも下手に出てコトを運ぶ方でした。自分の弱点をさらけ出せるというのが、本当の強さなのです。頭を低くしていると、みんなが注意してくれる。例えば、ビール瓶が汚れているとか、色んな情報が入ってきて、それに対応できる体制を整えることが出来ます。威張っていたら、情報は入ってきません。

偉そうな態度をして説教臭い言い方をすれば、お客様や酒販店さんからホンネの話しは聞き出せません。姿勢を低くして礼儀正しく、しかも明るくなければ、相手から本当の話は出てこないものです。アンテナを高くして、あとは感謝の気持ちを持って謙虚に生きれば、これまで見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえ、考えられなかったことが考えられるようになるのではないでしょうか。

いいところを見つけて褒めて勇気付けろ

社員のいいところを見つけて褒めてあげることが、社員の能力を大きく引き出すことになります。しかし、叱る時でも褒める時でも、相手にエネルギーが伝わらないと、何の効果もありません。普通、ライバルをけなして、自社製品を売り込もうとしますが、それでは商品を買われたお客様の眼力をけなすことになります。私は企業社会に入ってから他社の悪口は絶対言わない、他社が失敗しても黙ってみていよう、と思うようになりました。

私が考える会社経営

いざという時にエネルギーを結集し、集中力を発揮できるのは本業です。本業ほどいいものはありません。本業とかけ離れた事業はやらない。自信がないことはやらない。ここが大事なポイントです。他に何もやることがなく、昼寝しかすることがないような時でも、本業に関係ない事業はやってはいけません。私は「大きい会社」に魅力を感じません。これからの時代は企業規模が大きいというだけでは、何の評価もされないからです。いい商品を作る、いいサービスを提供できる会社こそ、お客様から評価されるのです。

オンリーワン企業を目指して

私は売上高やシェアの目標を口にしたことはありません。売り上げがいくらで、シェアが何位かということは「クオリティー・カンパニー」を目指す経営には関係がないからです。シェアは企業の体力を目指すバロメーターかもしれませんが、シェア獲得のために経営しているわけではありませんから、シェア自体は目標になりません。お客様に商品が受け入れられ、その結果、売上高やシェアが伸びたというように考えることです。

シェアを中心にした「ビール戦争」といった記事を書かれることがよくありますが、私は他のビール会社にシェアで挑戦しようと考えたことがありません。目は、いつもお客様に向いています。お客様がどんな商品を望んでおられるのか、そのニーズに応える為にはどうすればいいのか、これが私たちの企業戦略の原点、全てです。

クオリティーを追求すれば、お客様のニーズにあった商品を作り出すことになり、その結果としてシェアは上るでしょう。しかし、私たちが目指すのはシェアの拡大ではなく「品質を競うことで、お客様に高く評価される企業になりたい」ということだけなのです。言葉を言い換えれば、業界のナンバーワン企業を目指すのではなく、アサヒビールでなければできない個性的な商品づくりやサービスが提供できる「オンリーワン企業」になろうとしている、ということです。いい商品を作れば、いい会社になるという原理原則を守っていきます。本業から離れた商売の話が持ち込まれた時は、我慢することです。

我慢できない人は経営者失格

新しいことをはじめる勇気は、やめる勇気に比べたら大したことはありません。やめる勇気の方が、ずっとエネルギーを必要とします。新しいことをやめる時に必要なのは、むしろ、我慢する力です。新商品を出しても売れないとき、新事業を始めてなかなか業績が上らない時に、我慢できない人は経営者として失格でしょう。私は会社というものは天下の公器であって、預かり物だという認識が、いつも抜けません。これは生え抜きの人でも、私のように助っ人で来たものでも同じで、問題は、そうした意識、覚悟を持っているかどうかです。

逆境は理想の会社に変えるチャンス

いつも頭の中に問題点や課題を抱えていないと、理想的な会社にはなれません。いい商品を作るにはどうしたらいいか、落ち込んでいる業績を回復させるには何をすればいいのか、色々悩んで、はじめて理想の会社に近づけるのです。

逆境も見方を変えれば、これほど、やりがいのある経営環境はないとも言えるのではないでしょうか。いま、経営者に求められるのはネバーギブアップの精神です。口を開けると「経営環境が悪いから」というだけで給料をいただいている人は、経営者ではありません。環境が悪いのなら、悪いなりに、どうするかを考えなければ何も始まりません。明快な対策が出せない人は、経営者を辞めるべきでしょう。環境が悪い時ほど、理想の会社に近づけるチャンスがあるという見方も出来ます。

人間は誰一人として全て完璧な人はいません。どこかに欠点や悪いところがあるのが普通です。欠点があることを謙虚に自覚して、もっと立派な人間になっていこうと努力するところに、人間としての原点があるのです。

社員を萎縮させない経営を心がけろ

不景気になると、多くの企業が人件費や固定費を圧縮しようとしますが、私はそういう方針は取りません。「無駄なことは一切やるな」とは言いますが「経費節減のため、固定費を圧縮する」という方針を出せば、社員が萎縮してしまいます。特にビールのように味と香りを大事にする商品を扱う会社では、社員が萎縮したらいい商品は開発できません。

どんなに苦境に陥っても、経営者は楽天的な人生観を持つ方が好ましいと思います。ゲーテが説いた「この世を楽しく過ごそうと思えば、済んだことはくよくよしない、未来は神に任せる、つまらない言いがかりは無視する」という人生観です。

非合理なことは頼まない

営業関係の人は、時々、「何とかお願いします」「今回だけ頼みます」「私に免じて…」というわけのわからないことを言います。これで商談を通じると思っているのは、一つはおごり、一つは甘え、もう一つは物事を考えないクセが長い間お続いているためです。私は、そういう言い方を堅く禁じました。

商談の時は、きちんと「こういう条件ですから、ぜひご利用いただけませんか」と、論理的な言い方が出来ないとダメなのです。「あなたには、こういうプラスがある。うちもこうしていただくとありがたい」と言えば、まだ納得してもらえるのですが、「何とか頼みます」だけでは、その「何とか」に中身がないので、きわめて不合理です。

編集後記

この本を通じて、長引く不況に苦しむ経営者、ビジネスマンの方々に「勇気」と「冷静さ」、そして「出来ることと出来ないことを認識する力」を多少なりとも感じ取って頂ければ嬉しい限りと思い、頑張って要点をまとめさせていただいた次第です。

私が思ったことは、樋口さんの経営の視点が会社利益ではなく、常に人(顧客や社員)に向いていたことです。会社を立て直すには、利益の獲得も確かに大切ですが、その前に顧客と社員を第一に考え、その結果が利益につながるんだ!という意識を持つことだと思います。人として「何が大事か!」を見出され、勇気を持って実践されたからこそ、「アサヒビールの奇跡」が起きたのではないでしょうか!人を大切にする企業は必ず伸びます!自然の摂理にかなった経営は必ず成功します!私はそれを信じて日々経営に励んでおります。

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