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3月31日(土) パソコンスクールむげん

現在読んでいる本が、山野井孝著の『いのち五分五分』です。日本を代表する先鋭的な登山家・山野井泰史のお父様が書いた本です。息子の危険な登攀に送り出す度に生還を願い、不安と戦いながら、ともに「挑戦」してきた父・孝有(たかあき)。

高齢になった自分の寿命と山で死ぬかもしれない息子の「いのち」…。その不安と葛藤の日々を真っ向から綴った感動の実話。山野井さんと私とは世界(レベル)が違いますが、山へ行く度に親に心配かけている点では何ら変わりありません。そんな意味もあり、興味深く読んでいます。

共通している点は、「山でどんな大怪我をしても山登りを続ける息子。いくら言っても山をやめない息子。だったら、気持ちよく送り出してあげようじゃないか!」。また息子(山野井さんや私)も「親には迷惑かけたくない!」と出来る限りの努力をしている点でしょうか。続きを読むのが楽しみでワクワクしています♪

話変わって…3月1日より当社、パソコンスクールむげんのシステムと料金改定をしました。スクール開講以来10年振りの大幅な改定で、正直「どうなることやら…」とハラハラドキドキ状態でした。改定後一ヶ月が経過し、どうなったのか…?結論から申し上げますと、想像以上に生徒の皆さんからご理解いただいたようで、ホッと一安心しております。

「10年間は1時間千円で頑張ろう!」と日々努力して参りました。今年、11年目を迎えむげんが生き残るためにも抜本的な改革が必要でした。定期的に通っていただいている生徒さんに関しては、1時間当たり250円の値上げになりました(1時間1,250円)。一方、困った時だけ習われている生徒さんに関しては、倍の千円の値上げになりました(1時間2,000円)。

来られる生徒さんに対しては「これこれこういう事情で断腸の思いで価格改定に踏み切らせていただきました。誠に申し訳ございませんが、ご理解のほどお願い致します」と丁重にご説明申し上げました。そしたら、ご理解いただくと同時に思いもよらぬ反応があり、ビックリでした。特に1時間1,250円のコースの場合(短期集中型レッスン)、1ヶ月間有効の6時間チケットを前金にて7,500円で購入していただくシステムに変更したわけなんですが、その反響が予想外に大きかったのです。

「期限を区切ってくれたお陰で、どうにか時間をやりくりして通う意志が強くなりました♪」と言って下さる生徒さんの多いこと〜!以前は「学びたいとき来て頂いて1時間千円!」というのがウリのつもりだったのです。しかし、「学びたいとき」っていうのが以外とクセもので、ある程度こちらで強制した方が(通っていただくシステムにした方が)、喜ばれるし当社としても売り上げ増大につながりますしね♪しかも、1ヶ月に6時間通っていただくことは(1回2時間×3回)、決して無理な範囲ではないことが、この一か月で証明できました。

当初は、1ヶ月間に6時間にするか8時間にするか、相当悩みました。「自分が生徒の立場だったら、どうだろうか?」と一生懸命考えましたし、生徒さん達に聞き取り調査も致しました。「毎週は通えないけど、一か月に2〜3回なら大丈夫!」というのが大半でした。さらにむげんのホームページをリニューアルしてからというもの、新規生徒さんが急増しました。ホームページの力って、凄いですね♪(^o^) 明日も定休日だというのに、仕事です。ありがたいことですね♪感謝!(^o^)

『パソコンスクールむげん』 当スクールのホームページです♪← 今すぐ見たい方はクリック!


3月28日(水) 単独行

昨夜は中学・高校時代の同級生の友の家で飲み会がありました。息子さんが大学合格され、そのお祝いを兼ねての飲み会でした。「テレビ、見たよ!お兄さん凄いね!」って。3月12日のテレビに兄が映った様子を見てくれていたようでした。その日(テレビ放映日)は、兄の勤め先である岩手銀行・陸前高田支店の営業開始日で(県内の被災地に仮設でなく本設で銀行店舗を建設するのは同店が初めて)、各マスコミが殺到し取材されたようです。

実は、彼だけでなく他の生徒さん達からも「先生のお兄さん、TVで見ましたよ!大変立派でしたよ!」と言われました。「えっ?どうして私の兄だと分かったのですか?だって、兄と会ったことないハズでは…?」と私。「先生とそっくりだったので、直ぐにわかりましたよ!」って言われました。確かに兄とは身長と体重はそっくりですが、顔や性格は全く違うと思っていたのですが…。何はともあれ、被災地で頑張っている兄を応援してくれている友や生徒さんのお気持ち、とっても嬉しく思いました。

話変わって…数年前のこと、関東の某テレビ局から突然電話が・・・「一体なんだろう?」ってよくよく話を聞いてみたところ「無人島生活選手権なる番組を企画しているのですが、挑戦してみませんか?」とのこと。「暇があったら面白そうかも?」と思ったものの、生徒さんを置き去りにして長期間スクールを空けるわけにもいきませんし・・・。で、結局断りました。

その電話の後、いろいろと無人島暮らしを想像してしまいました。食べ物等の心配はありますが、孤独感という点では、意外と平気かもしれないな!と。私は結構単独登山が好きで、沢や雪山なども一人で何日も入っていましたし、寂しいなぁ〜!と思ったこともあまりないんです。単独で山へ行くときは、本を何冊か持っていきますし、一人で焚き火を囲みながらお酒を飲み、読書にふけるのも結構楽しいものです。

これまでの単独行の最長記録が13泊14日で、北アルプス全山縦走でした。大学4年生の夏休み「学生時代の最後の思い出に…」と思い、企画しました。全泊テント泊まり、ザックの重さは50Kほどになりました。後半戦の晩飯のおかずは「ふりかけ」状態でしたが…(^^ゞ。でも、すっごく楽しかったなぁ〜♪私にとって、一生の思い出になっています。山という目的があればこそ、単独でも平気なのかもしれませんね。しかしながら、沢登りを単独で始めた当初は、怖くて前の晩などは眠れないくらいでした。好き好んで単独山行をしたわけではなく、当時私の周りに沢登りをする人が少なかったんです。でも、どうしても行きたくって…!「どうしてこんなにドキドキするんだろう?この不安はどこから来るのかな?」と考えた時、死(危険)に対する恐怖感だったことがわかりました。

で、「その不安を取り除くためにはどうしたらよいのだろう?」と考えた結果、自分の沢登りに対する自信のなさ(技術、体力、精神力)だということがわかりました。読図に対する不安、滝登りに関する不安、天候の読みに対する不安、体力的な不安などなど。そこで、一生懸命トレーニングに励むことにしました。その当時、毎週のように沢へ入っていました(年間平均で約50本、多い時で60本。これはキチガイのレベルかもしれません)。特に厳冬期の沢登りは付き合ってくれる人が誰もいなくって、いつも単独でした。とにかくレベルアップしたかったんです。1週でも間を空けると、レベルダウンするような気がして・・・。そのようにしてトレーニングを積んで行くうちに、不安が解消されていくのがよ〜くわかったのです。

そのとき思いました。「そうかぁ〜!不安って大切なんだな!ちゃんとやれよ!」というサインだったのですね。今では単独で山へ行っても、不安は感じません。それだけ自信がついたのかも知れませんね。でも、油断は禁物です。以前、過去の遭難事例を研究したことがありました。「どのような時に人は遭難するのかな?」と。そこでわかったことは、ひとつの原因だけで遭難することは少なく、いろんな要素が絡み合って窮地に追い込まれる・・・そんな気がしました。その危険信号をいかに素早く察知し回避するか?特に単独行の場合は失敗は許されませんので、かなり神経を使います。と言いつつも、私は仲間と行く山も大好きなんです。それぞれ一長一短あると思っています。どちらの山も楽しんでいます♪(^^)

PS.『山の扉』に先々週行った善知鳥山と、先週行った八幡平の鎌倉森〜犬倉山を掲載しました。ご興味のある方はご覧くださいね♪(^o^)

『山の扉』 女神山・善知鳥山 今すぐ見たい方はクリック!
『山の扉』 八幡平・鎌倉森〜犬倉山 今すぐ見たい方はクリック!


3月24日(土) 八幡平・鎌倉森〜犬ヶ岳

今週末もお天気が悪そう…(^^ゞ。「奇跡の八幡平」以来、どうも週末のお天気に恵まれません。「もう我慢なら〜ん!こうなったら平日のお天気の良い日に登っちゃえ〜!」と、前代未聞の?暴挙に出ました。このところ、日・祝も仕事三昧でしたし、今週末もお天気が悪そうなので仕事を入れた私…。「よし、たまには代休を取ろう!」と意を決しました。これが自営業の良い所かもしれませんね。

とはいうものの、その日(昨日23日)は午後から仕事が入っているため、半日休暇ですけど…(^^ゞ。このところ働き尽くめでしたし、気分転換したかったのです。それに山へ行けないストレスも溜まっていました。

行く山は決めていました。八幡平の網張スキー場〜鎌倉森〜犬倉山の周遊コースです。このコースは、山仲間であるタラさんのブログ『山の日のひとり言』で紹介されていました。その山行記録によると、とても展望が素晴らしいコースのようです。しかも、鎌倉森は登山道のない積雪期限定ルートという点にも魅力を感じました。

早速ネットで情報収集してみました。このコース、人気があるようでたくさんの山行記録がヒットしました。鎌倉森?し、し、知らなかった…(^^ゞ。初めて登る山って、ワクワクして楽し〜い♪本日の(昨日23日)天気予報によれば、午後からお天気が荒れるようですので、午前中が勝負です!前日22日は、ここ盛岡でも午前中は吹雪で猛烈に雪が降りました。「山はたっくさん新雪が積もっただろうなぁ〜!こりゃ、ラッセルを強いられるな!」と覚悟していました。

登山口は、網張ビジターセンターになります。どんよりした曇り空の中、7時に出発しました。真新しいトレーがありビックリでした。おそらく昨日(22日)のトレースで、「あの悪天の中、登った人がいたんだ…」と驚きました。そのトレースも標高950m付近で突如消えてなくなりました。おそらく天候が悪く引き返したものと思われます。ここから先、ラッセルを強いられました。それにしても結構な急登が続きます。登ること1時間50分で鎌倉森の山頂に到着♪皆さんがホームページで絶賛されているように見事な大パノラマの景観です♪(^o^)

鎌倉森から犬倉山、そしてスキー場の第三リフトまでは、360度の景観を楽しみながら縦走を満喫できます。岩手山はじめ、八幡平の山々が一望でき素晴らし〜い♪の一言です。犬倉山到着9時45分(鎌倉森より35分)、下山10時40分。全行程3時間40分(休憩含む)でした。ショートルートながらも展望を満喫でき、特に危険な個所もなく、しかも周遊できる素敵なコースだと思いました。ぜひ、また登ってみたいコースです。

下山後直ぐに温泉に入れるのも魅力です(500円)。網張温泉に入ってマッタリし、その後休憩室で読書を楽しみ13時には帰宅できました。上の写真は、犬倉山から岩手山を望む。このコース、お天気が良ければ特に問題ありませんが、鎌倉森から先は吹雪かれたりホワイトアウトになれば迷いやすい個所があります。入山される方は、十分注意してください。PS.『酔いどれ画像掲示板』に今回撮影した写真を掲載しました。ご興味のある方は、ご覧くださいね♪(^o^)

『酔いどれ画像掲示板』 八幡平・鎌倉森〜犬倉山 今すぐ見たい方はクリック!


3月21日(水) 酔いどれパソコン講座 クノーピクス

3月4日(日)の「奇跡の八幡平」山行以来、週末のお天気に恵まれません…(^^ゞ。私にとって週に一度の最大の楽しみであり、「ご褒美」でもあり「命の洗濯」でもあります。山へ行けるから仕事も頑張れるし肉体的・精神的な健康も維持出来ているのように思います。

日曜日や祝日は、基本的には仕事の定休日なのですが、お天気の悪い時は仕事をするようにしています。11日(日)18日(日)も昨日20日(祝)もみっちりと仕事に励んでおりました。特に現在作成中の某○○会社様のホームページ制作に夢中になっております。今月末が納期ですのでラストスパート!朝早起きして、夜は深夜まで懸命に奮闘中です。

17日(土)の女神山では途中敗退していますので、なんかスッキリしないなぁ…。今週末もどうやらお天気悪そうですし…。「う〜ん、晴れてくれないかなぁ〜!」と祈るばかりです。

前置きはこの辺にして、いよいよ今日の本題です。久し振りの『酔いどれパソコン講座』です。本日は、「パソコンが壊れて起動しない。でも、何とかして写真や大切なファイルやデータなど救出したい!」というとき、どうすればよいのでしょうか?についてお答えいたします。

パソコンが起動しないときのデータ救出は基本的に2通りあります。一つがパソコンからハードディスクを抜き取りUSB接続などでデータを抜き出す方法。二つ目が KNOPPIX(クノーピクス)と呼ばれるソフトを使用し救出する方法です。今日は、この2つ目の方法について解説させていただきます。実際、私も修理等で使用しており重宝しています。

以下『KNOPPIX クノーピクスでデータ救出パソコン初心者講座』のホームページより抜粋させていただきます。『KNOPPIXとは、OSと多数のアプリケーションがまとめられたLinuxディストリビューションのこと。イメージファイルをCD-ROMに書き込むだけで使用することができます。

これにより起動しないWindowsパソコンでも、KNOPPIXの入ったCDからブートすることで様々なことができます。 特にデータ救出の際は、Windowsに依存せずLinuxによって内部のハードディスクにアクセスし、ファイルやフォルダを他のUSBハードディスクなどにコピーすることができます。

ドイツの Klaus Knopper氏が開発。産業技術総合研究所が日本語化しています。フリーでダウンロードし使用することができます。』つまり早い話が、クノーピクスのホームページよりプログラムをダウンロードし、CD(もしくはDVD)にイメージファイルとして書き込みます。このCD(あるいはDVD)は、起動ディスクの役割も果たすためWindowsが起動しなくてもパソコンを立ち上げることが可能になります。パソコンさえ起動すれば、こっちのものです。あとは大切なファイルをUSBメモリや外付けハードディスクにコピー(救出)すれば完了です。

ここで注意点があります。クノーピクスを利用しUSBメモリにファイルをコピーすると、日本語のファイル名が文字化けしてしまう、という問題があります。ネットで調べたところファイルシステムがFATの場合、この問題が発生するようです。よって、NTFSファイル形式の外付けハードディスクにコピーした方が良さそうです。ダウンロード方法や使い方等は、以下サイトがとてもわかりやすいです。動画の解説もあります。万が一に備えて作っておくと安心できると思いますよ♪(^o^)

『KNOPPIX クノーピクスでデータ救出 パソコン初心者講座』 今すぐ見たい方はクリック!


3月17日(土) 女神山 向沢左岸尾根

雪が無くなる前に久し振りに「岩手県の山60」の続きを登ろう!と思い立った私…。ところで、どこへ登ろうか?「そういえば真昼山域の女神山って、無雪期には何度か登っているけど、積雪期にはまだ登ってなかったよなぁ〜!」と。

さっそく積雪期の山行記録をネットで調べるものの全然ヒットせず…。「女神山、冬や春に登る人って、いないんだろうなぁ〜!」と察しがつきました。山と滝を楽しめるコース、岩手県側の下前渓谷からのアプローチですと林道歩きが超長〜い!よって無理。今の時期、秋田県側から入れるルートはないものか?と2万5千図とにらめっこ。

美郷町の善知鳥(うとう)から入山できるルートがあるけど沢沿いのルートの為、雪崩の危険性が高くこれもダメ…。一般登山道から登れないとなれば積雪期限定のバリエーションルートから登るしかあるまい…。「どの尾根が日帰りで登頂出来そうかな?」しばし2万5千図とにらめっこ。可能性があるのが向沢と水沢の間に聳える尾根(勝手に向沢左岸尾根と命名)

682mの善知鳥山を経て780mピーク、802mピークを経て女神山の山頂へ至る尾根です。善知鳥山までは激急登だなぁ…リッジ状の痩せ尾根もあるぞ!でもやっぱり、初めて登るルートって、ワクワクして楽しいです。この尾根、ネットでいくら検索しても山行記録が出てきませんでした。まぁ、行ってみてのお楽しみかな♪

不安要素がいくつかありました。まずは、尾根に取りつくまでに沢を2本徒渉しなければなりません。どの程度の水量なのだろう?果たして渡れるのだろうか?次にお天気…天気予報によれば午後から雨マーク…。ということは、午前中勝負になるぞ!雨で増水したら帰りの徒渉がきつくなるしね。それと気温。予報によれば日中の最高気温が何と7度まで上がるようで…。こんなに気温が上がったら雪が緩みズボズボ状態必須!雪が緩む前の早い時間帯にどれだけ高度を稼げるか?これらを総合すると、早めの行動が成否を分ける山行になりそうでした。

今朝は3時50分起床、4時には自宅を出発しました。当然ながら外は真っ暗状態。仙岩トンネルを超えた先のローソンで朝食を済ませ、6時ちょい過ぎには登り始めることが出来ました。遠方に登る予定の向沢左岸尾根がデ〜ンと聳えています。いや〜均整のとれた三角錐、激急登なんですけど…!あそこを登るのですか…(^^ゞ。その前に沢を徒渉しなければなりません。最初、その川を見た時、絶句しました。予想以上に規模が大きく脈々と流れていたからです。徒渉というレベルではなく、「こりゃ、泳ぎだな…」と思ったほどですから。

どうにか徒渉点を見つけ尾根に取りつくことが出来ホッとしました。急登過ぎてスノーシューで登るのに難儀する箇所も多々ありました(特に私のスノーシューは縦走用で長いので)。まだ朝6時半だというのに雪が緩み始めズボズボ潜りこれには参りました。ザラメ状の重い雪で、まるで足に鉛を付けて歩いているようです。こんな早い時間で潜っていたら、下りは一体どれだけ潜るのだろうか?朝の早い時間にもかからず、ちょっと登っただけで汗グッショリ状態になりましたので、よほど気温が高かったものと思われます。

さらに、雪面の中が空洞になっている所があり(落とし穴状態)、いきなり腰上までズボッ!これにはビックリですよ〜!這い上がるのに一苦労でした。そんなことが何度もあり、体力を消耗し予想以上に苦戦を強いられました。さらに追い打ちをかけるように雨がポツポツ降ってくるし…(^^ゞ。これは「修行ですか…」と「懺悔山行ですか…」と思ったほどです。

それと危険な個所もありました。痩せ尾根状で両側がスパッと切れ落ち、そこにハングした(被った)巨岩が立ちはだかり通せんぼ状態…。その巨岩は脆くボロボロ、とても手足を乗せられない…。失敗すれば谷底か…。う〜ん、困った!どうにか弱点を見つけ強引に突破!「突破したのはいいけど、下る方が大変そう〜!帰り、大丈夫だべか?」。長めのシュリンゲロープ2本あるから、それで何とかなりそうだな!最悪、このシュリンゲを切って連結すれば長さは倍になるしね。

お天気と条件が良ければ女神山目指して突っ込んでいたと思いますが、今回は善知鳥(うとう)山の山頂までとしました。この条件とペースでは、女神山まで行くのは到底厳しく、帰りのことを考慮すると時間的に無理でした。下りはさらにズボズボ潜り大変でしたので、早い時間に撤退を決意して正解だったと思います。

反省点としては、この山を登るのなら気温の低い雪の締まった状態の時に、アイゼン・ピッケル・ワカンの装備で登れば、きっと落とせるな!と思いました。今回、スノーシューはあまり役に立ちませんでした。消化不良の山行となりましたが、二週間振りの山行でしたので気分爽快です♪PS.本日撮影した写真を『酔いどれ画像掲示板』に掲載しました。ご興味のある方は、ご覧下さいませ。上の写真の三角錐の山が今回登ったルートです。その右奥に小さくポコッと見えるのが女神山です。

『酔いどれ画像掲示板』 女神山 向沢左岸尾根 今すぐ見たい方はクリック!


3月15日(木) 生還 - 山岳遭難からの救出 -

最近読んだ本に羽根田治著の『生還 - 山岳遭難からの救出 -』があります。山で遭難し生死をさまよった後、生還した登山者のドキュメント。登山者がちょっとした不注意から遭難し、何日間も山に閉じこめられてしまう例があとを絶たないという。そうした遭難の中から生死の境をさまよいながらも、危機を乗りきって無事生還した登山者に取材し、生還した原因を分析したノンフィクションです。

本書の中の言葉…「いくら経験が豊富であっても、また準備も万端に整えて、慎重を期して行動していても、山ではほんの些細な油断が命取りになる。」と。この本を読むと、ほんのちょっとしたこと(迷い、判断ミス、不注意)により遭難へと導かれていく過程がよく理解できます。

この本に紹介されている遭難事例を分析すると、その多くが遭難時に冷静な判断が出来ない状況に陥りながらも「生きる望み」を最後まで捨てなかったことが伺えます。また下手に動かず救助隊が来ることをひたすら信じ、体力の温存に努めたことが生還した大きな要因になったと思います。

あまりのリアルな話に、引き込まれるようにハラハラドキドキしながら、あっという間に読んでしまいました。自分も山で危険な目にも何度か遭っています。よって、遭難者の「気持ち」が何となく理解できます。山登りを初めて30年、たまたま運よく(判断が的中して)遭難してこなかっただけで、もしあの時、違う判断をしていたら…と思うとぞっとします。

本書に紹介されているどの遭難事例も、誰にでも起こりうる内容で、大変考えさせられました。「ローソクとマッチが自分の命を救ってくれた。」「濃いガスの中、捜索中のヘリにカメラのフラッシュで居場所を知らせることが出来た」「マヨネーズで2週間持ちこたえられた」「オタマジャクシを食べながら命をつないだ」「山岳図書で読んだ知識が役立った」などなど。

以下、本書『追記-七つのケースの教訓』より抜粋します。『ごくふつうの登山者が遭難という一種の極限状況下に置かれたとき、いったいなにを考え、どう行動し、どのようにして生き延びることができたのか。それを知りたいがために七人の方にお話をうかがったのだが、なんといっても一目瞭然なのは、七人全員が”救助を待った結果として生還を果たせた”ということだ。「いたずらに動き回って体力を消耗するのではなく、一ヶ所にとどまってジッと救助を待つことが実証された形となったわけである。

遭難してから救助されるまでの期間は、短い人で二、三日、長い人では二週間以上にもおよぶ。その間、彼らは必ず助けが来てくれることを信じ続けて、一日一日を生き長らえてきた。もしそれを信じ続けることができなかったのなら、途中で力尽きてしてしまう人も出ていたかもしれない。

七人のうちのひとり、山本の場合は無傷だったパートナーが下山して救助を要請してくれた。が、ほかの六人は単独行である。自分の危機を誰かに知らせる術のない六人がどうして信じ続けることができたのかというと、登る山、たどるコースを事前に近しい人たちに伝えていたからである。それが習慣的になっていた人もいれば、虫の知らせたのか、たまたまそのときだけだったという人もいる。

いずれにせよ登山計画を家族らに知らせておいたことにより、彼らは信じ続けることができたのだ。予定どおり自分が帰らなければ、必ず救助要請を出してくれるはずだということを信じて。今、こうして待っている間にも、誰かが自分を助け出そうと尽力してくれているはずだ、ということを信じて。その支えなくして耐え続けることはできなかったであろうと思うのである。』


3月14日(水) 使命感

3月9日(金)にTV放映された「自衛隊だけが撮った0311 - そこにある命を救いたい -」を見て…「自衛隊の方って、本当に凄いなぁ〜!人って、使命感を持つとこんなにも強くなれるものなのか!」と、感動しながら見ていました。

ある自衛隊の方は、自分の命を顧みず、濁流の中18人もの命を救ったそうです。自衛隊は「最後の砦」とよく言われますが、「本当にそうなんだなぁ〜!」と実感しました。震災後、約2万人もの人を救出しているのですから、その判断力と行動力の素早さには驚かされます。

また3月11日(日)にTV放映された「明日をあきらめない…がれきの中の新聞社 - 河北新報の一番長い日 -」も感動しました。河北新報社の震災からの日々を記したノンフィクション『河北新報のいちばん長い日』を基にしたドラマです。以下、そのHPより抜粋いたします。

『仙台に本社のある河北新報社も大被害を受けた。本社のサーバーが倒れ、多くの販売店員が津波の犠牲になり、支局は流出…。東北とともに歩んできた河北新報は、まぎれもなく被災者の1人だった。販売網はズタズタに切り裂かれ、ライフラインも寸断、通信網も壊滅。数多の困難に見舞われながらも、河北新報は「被災者に寄り添う」をモットーに新聞を作り続けた。

地元紙ならではの視点で、東北の読者のために。現場記者たちの葛藤、編集方針をめぐる対立、配達できない悔しさ…。そこには表に出なかった多くの「想い」があった。』あの震災の日から数日間、ここ盛岡でも停電になり、テレビも映らずパソコンも使えず唯一の情報源がラジオしかありませんでした。そんな状況の中、震災の翌日12日、地元の新聞、岩手日報が配達されたのには本当に驚きました。その新聞を読み、ことの重大さ、被害の大きさに初めて気づきました。あの最悪な状況の中、どうやって刷ったのだろう?どうやって情報を集めたのだろう?って。ビックリすると当時に新聞のありがたさを感じました。

私には河北新報に勤務している山仲間がいます。時々一緒に沢を登ったりしています。その番組を見て、「Kさん達、ほんと大変だったんだなぁ〜!」って、それを思うと涙が出そうになりました。「○○がないから出来ない!」と諦めるのではなく、「地域に根差した新聞社として今、我々が出来ることは何か?」を一生懸命考え、まさに命がけで情報を届けようとする記者魂!その使命感に感動しました。「使命感を持った人は、本当に強い!」と改めて思いました。

PS.上の写真は、その河北新報社の方々と船形連峰・笹木沢にて。


3月12日(月) 東日本大震災、あれから1年… その2

兄が勤務する岩手銀行・陸前高田支店が駒町に移転新築し本日12日より営業を開始するようです。町や銀行の復興に尽力してきた兄としては万感の思いがあるのでしょう。県内の被災地に仮設でなく本設で銀行店舗を建設するのは同店が初めてとか。鉄骨造り2階建てで、自家発電装置なども備えているようです。

東日本大震災で店舗が全壊し、これまでは臨時出張所で対応してきたようです。兄は高田支店に転勤した数週間後に被災しました。家も車も思い出の品々も何もかも全て流されましたが、兄と嫁さんの命が助かっただけでも、奇跡に近く運が良かったのだと思います。

被災後の兄の最初の仕事は、あちこち足を棒にして歩き回り瓦礫の中からのATM機の回収作業だったようです。「まるで流浪の民だ!」と言っていたほどです。それ以降は、仮設店舗建設の準備に力を注ぎ、その後は本設での銀行店舗建設やその準備に追われ、忙しい日々だったようです。

また陸前高田の復興委員のメンバーにもなっているようで、町の再建にも尽力しているようです。仕事がら友人、知人、お客様など大勢の方々が津波の犠牲になり亡くなられたようです。ご冥福をお祈り申し上げます。兄としては「やりきれない気持ち」と「何としても復興させねば…」という気持ちが交差していたのではないでしょうか。陸前高田では、町民の約10人に一人が亡くなられたか行方不明のままだと聞きます。信じられないです。だって、町の中から10人の内1人がいなくなってしまったのですから…。

この惨劇を風化させないためにも、暇を見つけては、震災関連の番組を見るように心がけています。あれから一年経った陸前高田の映像を見ると、まだまだ復興が進んでいないように見受けられました。信じられないくらい建物がなく荒涼としています。先ほど、兄の嫁さんから電話がありました。「お兄さん、今夜のニュースに出るみたいですよ!お母さんによろしく伝えて!」と。県内の被災地に仮設でなく本設で銀行店舗を建設するのは同店が初めてで、テレビ各局の方々が訪れ、たくさんの取材とインタビューを受けたようです。岩手朝日(デジタル5チャンネル)の18時15分の「Jチャンネル」という番組で放映されるのでは?と言ってました。

本日の新聞の番組欄を見ると確かに「ドキュメント3.11 銀行も新たな一歩」とあります。そそう、お昼に母が「今すぐNHKを見てみろ!」と。スイッチを入れたらお昼のNHKのニュース番組に兄がドアップで映っていました。今日は、兄や行員の方々にとってこれまでの苦労や努力が報われ、また陸前高田の復興の一歩を担った記念すべき日である、と思います。これからも健康には十分気を付けて陸前高田の為に頑張って欲しいと母共々切に願っています。PS.上の写真は、陸前高田市民の復興のシンボル「奇跡の一本松」。残念ながら枯れてしまったようです。


3月11日(日) 東日本大震災、あれから1年… その1

本日は日曜日で定休日でしたが、一日中仕事に励んでいました。お天気が悪かったことと、震災からちょうど一年目の節目、そんな時に山へ行く気分になれなかったのが、正直な気持ちです。正直に申せば、昨日10日(土)、秋田県の山へ行く予定で準備を整え行く気満々だった私ですが、朝5時に起き出発しようとしたら外は雨…。「このお天気じゃ、無理だ…」と思い、急きょ中止にした次第です。

よって、この週末の土日は仕事三昧&震災の特別番組を見まくることにしました。その数々の震災関連のテレビ番組を拝見すると、心が痛みます。被災された方々の心痛はいかばかりか…と。3月9日(金)に放映された『自衛隊だけが撮った0311』の番組内容と映像は衝撃的で、かつ自衛隊の使命感と活躍振りに感動もしました。また、NHKスペシャルの『映像記録 3.11 あの日を忘れない』や、『明日の証』の番組も涙なくして見れませんでした。「今こそ、日本国民が一致団結して一つにまとまる時だ!」と強く思いました。

震災の影響は、計り知れないほど大きなものであること…(特に現在は、将来に対する不安や恐怖などの精神的な苦痛)。TV放映を見ていると沿岸地域ばかりクローズアップされていますが、実は、被害の少なかったここ内陸の盛岡にもそれなりに影響が出ているという事実を県外の多くの方は知らないと思います。なぜなら、マスコミ等で一切放映されていませんゆえ。確かに沿岸部の被災状況に比べれば、取るに足りないことなのでしょうが、当スクールの多くの生徒さん達(特に会社経営者や幹部、自営業の方々)から話を聞くと、震災以降経営的にかなり厳しい状況に追い込まれている会社が多いことがよくわかります。もちろん、当スクールも例外ではありませんが…。

ここ盛岡の現状を鑑みると、大きく二つに分かれているように感じます。当スクールには様々な業界の生徒さん達が学びにいらっしゃいます。建築・土木関係の会社にお勤めの方に関しては、復興関連の仕事で超多忙な日々を過ごされているようです。「この先10年以上は予定が詰まっていて、働き尽くめになりそうです。たまには休みを取りたいです。」と話されています。一方、その他のサービス業にお勤めの方に関しては、「震災以来、めっきりお客さんが減り死活問題です。このままでは、経営が成り立ちません…」と。この業界間のギャップはとても大きいと感じています。それでも、震災に関する番組を見る度に、「自分は家もあるし仕事もある。何よりも生かされている!それだけでどんなに幸せなことなんだろう!贅沢なんて言ってられない!」と思ってしまいます。

そうそう、昨日都南図書館に用があって行ってきました。入り口側の部屋で『あの日を忘れない、3.11 東日本大震災資料展』が催されていました(無料)。震災関連の資料80冊と県内の新聞社等が撮影した写真パネルが120点展示されています。津波の瞬間をとらえたリアルな映像の数々に固唾を飲んでしまいました。ぜひお立ち寄りいただきご覧いただくことをお勧めいたします。あの時の記憶を風化させないためにも…。さらにビックリしたことが…。その都南図書館で山の雑誌、『岳人2012年3月号』を読んでいたところ、なんと私の山の友人、S友会さんの重鎮(いや岩手の重鎮)であらせられるSさんの記事と写真が掲載されていてビックリしました!

『[第2特集]東日本大震災から1年、我々登山者は放射線をどう考えるのか』という題名に『葛根田に未来を託して 文=下机 勉』で載っていますので(80ページ目)、ぜひ皆さん本屋さんで立ち読みしてみてください。その友人のSさん、放射能測定器を持って岩手県内の山々を測定し歩いていたようです。姫神山でも微量ではありますがセシュームが検出されたようです。また原子力に頼らない自然エネルギーを利用した発電に未来を託されていて、中でも岩手県内の葛根田の地熱発電所に期待しているようでした。その『岳人』雑誌のSさんの記事の傍らには、去年そのSさんはじめS友会のみなさんと一緒に遡行した葛根田川の名所「お函」で撮影した写真が掲載されていました。私も写っていますよ〜!小さくてわかないと思いますが…。

PS.上の写真は、その葛根田川をS友会の皆さんと遡行した時のもの(アプローチの葛根田・地熱発電所にて)。右から三番目のお方が重鎮のSさんです。そのSさん、写真の腕前は一級品で文才もあり素晴らし〜い!またダジャレの天才としても有名です。なによりも包容力と人間的な魅力に優れ大尊敬しています。もちろん、山の技術も一級品です。まさにマルチ人間ですね。かれこれ10年以上のお付き合いですが、そのような方と出会えたこと、幸せに思います。私も「そのような人」になりたいものです。


3月9日(金) 仕事の意義について考える

東日本大震災から明後日でちょうど一年になります。この一年、ほんと早いものだなぁ〜!と思ってしまいます。一年を節目にTV各局で様々な震災特番が組まれていているようです。自分の記憶から風化させないためにも録画しては、暇を見つけて見るように心がけています。昨夜見た震災復興の録画番組は、大船渡の仮設商店街の方々の奮闘記でした。

その番組の中である商店街の店主が語った言葉が心に沁みました。「仮設店舗とはいえ、お仕事をさせて頂ける喜びを噛みしめています。仕事をしたくても出来ない方が多い中、忙し〜い!なんて贅沢、言ってられませんよ!仕事ができるだけで十分幸せなんです。仕事をされていない方の方が、よほど苦しく辛いと思いますよ!」と。その地区の商店街の方々の中で資金面やその他の理由で、お店の再開を断念した方も多かったようです。

番組の中で、皆さんおっしゃっていたことは、「仕事をしていた方が気が紛れるし、町の復興の為に頑張りたいのです!」と。休みなしで働いている方も多いようでした。そのお気持ち、なんとなくわかります。微力ながら「人のお役にたっている!」思えると、頑張れるように思います。自分の為だけであれば頑張れないかもしれないけど、お客様の為、町の復興の為、家族のため、愛する人の為であれば、一生懸命頑張れるのだと思います。

自営業だから言えるのかもしれませんが、私にとって仕事とは、山登りと同じくらい価値があり大好きです。15時間以上連続で働いても全く苦になりませんし、疲れも感じません(サラリーマン時代とは意識が変わり、雲泥の差です)。それどころか、ワクワクして楽しい気持ちになってしまうほどです。だって、自分が頑張った分だけお客様や生徒さんに大きな価値と感動を与えることが出来、感謝してもらえるのですから。「先生、本当にありがとう!」って。私を必要としている生徒さんがたくさんいらっしゃいます。だから、そのご期待に沿いたくって、頑張っているのかもしれません。「気持ちひとつで、こんなにも違うものか…!」と、自分自身の変化に驚いています。仕事に限らず何でもそうだと思いますが、自分が必要とされていると思うと、何倍もの、いや何十倍ものパワーが発揮出来るのかもしれませんね。

現在、被災地での大きな問題の一つに「雇用の問題」があります。短期の仕事はそれなりにあるようですが、長期の仕事が少ないと聞きます。漁業一筋に何十年もやってきたご年配の方の多くが次のように語っています。「全てを流し尽くした津波は確かに憎い。一方、我々は海からたくさんの恩恵も頂戴してきた。津波は怖いけど、また海で仕事をしたいんだ!我々には海でしか生きる道がないのだから…」と。切実な思いを感じられました。『何のために仕事をするのか?自分にとって仕事とは?』 その答えは人それぞれ、十人十色だと思います。以下、私が大尊敬する経営の神様・松下幸之助氏の言葉を引用させていただきます。

会社は公のものである
「会社の仕事を公の仕事だと社員に訴え続け理解してもらったことも、成功の要因の一つと言えるわな。会社は個人のものではない、わし一人のものでもなければ、社員一人ひとりにとっても個人のものではない。公のものである、と、そういうことを言ってきた。我々自身だけの為に経営しているのではない、社会の人々の為、社会の発展の為、人々の幸せの為に仕事をするんです、とそういうことをみんなに話してきたんや」 いっぽう、社会に対して責任を持たない会社、自分のところだけ儲けたらそれでいいという会社は、社会に害を流す。そんな会社が発展するはずがない。

会社を成功させる人と失敗させる人はどこが違ったのか?煎じ詰めていくと、失敗する人には、「私心」というものがある。成功する人には「私心」というものがなかった。

使命感を悟る
「経営者の心がまえとして、要求されるものはいろいろあると思うけれども、一番肝心なものというならば、経営についての使命感というものやな。基本となる使命感を、どの程度にもてるか、どの程度に自覚するかによって、経営の一切に変化が生じてくるからな」。「その当時、思ったんや、この世から貧をなくすことがわしらの使命なんや。そこで、悟ったんやな、わしなりに。そしてこれがわしの経営を進める基本の考え方になった。そういうことがあって、わしは自分の事業を一段と力強く進めることが出来るようになったんや」

PS.上の写真(新聞)は去年の3月18日、震災からちょうど1週間後の地元紙(岩手日報)のトップ紙面です。あれから一年か…早いものです。一日も早い復興を願ってやみません。先週行った『岩手八幡平』を『山の扉』に掲載しました。未公開写真も多数アップしています。ご興味のある方は、ぜひご覧くださいね♪

『山の扉』 岩手八幡平 今すぐ見たい方はクリック!


3月7日(水) 岩手八幡平・樹氷ツアー その2

今回岩手県側から入山するのは、2006年1月以来のことです。その当時は八幡平スキー場よりリフトを利用し、大黒森(1,446m)よりスキーで縦走しました。今回はそのスキー場が閉鎖してしまったためリフトは利用できず、下から歩いて登るしかありません。

八幡平スキー場閉鎖以降一般的なルートとしては、まずはアスピーテラインを道なりに進み、恵比須沢にかかる橋を渡ったところで恵比須沢沿いに進みます。その後、地形図の標高1,070m付近で左の小沢に入り、右の稜線に取り付きなだらかな斜面を登り、茶臼岳を目指します。あとは黒谷地〜源太森経由で八幡平山頂を目指します。かなりのロングルートです。

特に茶臼岳から八幡平山頂のルートは、ノッペリした地形で吹雪かれホワイトアウトに遭遇すると、ベテランでも道を失うことがあるほど、厳しいルートです。2006年に行った際も、ガスで視界が全く効かない状態で、残念ながら途中敗退しました。その時、初めて八幡平の「怖さ」を知りました。

メンバーは、岩手の大御所、北上のS先生。S先生は技術・体力・精神力・包容力・人格、どれをとっても一級品で、まさに「岩手の財産」です。私の「憧れ的存在」でもあり、大尊敬しております。晴天ということもあり御在所の駐車場でたくさんの方が来られました。S先生のお人柄ゆえ人脈も相当なもので、来る人来る人、皆さんS先生のお知り合いだったようで、「おぉ〜!久し振り〜♪」って、何度も声を掛け合っていました。S先生にとっては、「人類みな兄弟!」のようです。

そのS先生が岩手大学山岳部だった当時の後輩のHさんと、偶然バッタリ御在所の駐車場で会ったのです。「うだば、一緒に行くべ!」ということになり、急遽Hさんもメンバーに加わった次第です。そのHさん、厳冬期に八幡平を訪れるのは何と33年前の同じに3月4日だと言います。きっと、思うところがあったのでしょうね。お仕事は画家のようで、ほんの数分でスラスラと八幡平の樹氷をスケッチしていて、一同ビックリしました。さすがプロだなぁ〜♪って、見入ってしまいました。

先の日記述べた神奈川から転勤で岩手に来られたMさん。当初は彼と二人で静かに登る予定だったのですが、こんな大人数になるなんて嬉しい限りです♪私はスキーが下手なのでスキーがメインの山行の場合、リーダーをすることは過去ほとんどありませんでした。今回は、「言いだしっぺ、リーダーの法則!」で、リーダーをすることになった次第です。そのMさん、初めて八幡平の樹氷を体験し、とっても喜んでいただけて嬉しく思いました。ほんと飄々としていて憎めない性格が皆に愛されている由縁だと思います。

女性のOさん。私が所属する盛岡山想会の先輩です。春夏秋冬、ほぼ毎週岩手山を登っている凄いお方です。彼女にとって、岩手山は「お庭も同然」なんです。過去、どれほど岩手山で偶然?お会いしたことかぁ〜!彼女の凄い所は、土日の2日連続で岩手山を登ってしまうところでしょうか。しかも冬に。それだけでなく、毎年のようにヨーロッパやヒマラヤ等に海外遠征されているようです。「ほんと山が好きなんだなぁ〜♪」って、そんなオーラが漂うお人です。何よりも竹を割った男勝りのサバサバした性格が皆に愛されている由縁だと思います。これも仁徳なのでしょうね。

W女史、去年の岩手山ボッカ大賞(どれだけ重い荷物を担ぎあげることが出来るのか?を競う競技)にて、何と女性の部で優勝しちゃったようです。確か45K(35Kだったかな?)の荷物を背負ったとかで…。「当分この記録は破られないだろう!」と皆が言っています。先に述べた北上のS先生の愛弟子で主婦のWさん、料理の腕前は相当なものです。「岩手のチーフコック」とまで呼ばれています。その味の魅惑にハマった人、数知れず…。様々な山行で、彼女は引っ張りだこ状態のようです。特技があるって、いいですねぇ〜♪

そんなメンバーで行ったものですから、リーダーとして気を使うこともなく超楽チンでした♪お天気にも恵まれ不安要素は全くなく、まさにハイキング気分です。それにしても、樹氷の数々には圧倒され綺麗な光景を堪能できました。まさに「夢の世界」を歩いているような錯覚に陥ったほどです。ほんと素晴らしいメンバーと素晴らしい光景を満喫で来て幸せ一杯でした♪(^o^)

茶臼岳に向かう下山時、左足の膝が痛み出した私…。過去、何度かあるんです。スキーで長時間歩いた時、時々痛みが発生することが…。あまりの痛さに、皆のペースに着いていけなくなったのでした。以前もそんなこともあり、病院で検査をしてもらったことがあります。結果は、「膝の使い過ぎで炎症を起こしているので安静にするように!」と言われました。先頭を歩いていた私は、特に理由を述べず「先に行っててください。私はゆっくり行きますので…」と。「この痛さじゃ、スキーどころじゃないなぁ〜!」と思いました。しかし、「リーダーたる者、メンバーの前で決して弱音を吐いてはならぬ!」と学生の頃から叩き込まれていますので…。

スキー下手、さらに膝の痛みで茶臼岳からの滑走は、皆にかなり遅れることはわかりきっていました。「S先生、私は一人でも十分降りられますので、どうか皆さんでタップリとスキーを堪能してください!御在所の駐車場でお会いしましょう!」と。皆さん、スキー滑走を楽しみにしているのに、私一人のせいで、皆の楽しみを奪いたくなかったのです。S先生「うん、わかった!」と言ってくれたものの、なぜか?皆さん要所要所で私を待っていてくれて…。ほんと申し訳ないやら、ありがたいやらで…。リーダーとして情けない限りでしたが、皆の気遣いと優しさが嬉しかったです。

それぞれがそれぞれを思いやりながらの、本当に楽しい山行だったように思います。お天気にも恵まれ最高でした!その「お互いに思いやれる雰囲気を作るのがリーダーの務め!」なのだと思っています。今回は、S先生はじめ、皆さんに助けられたように思います。本当に感謝です。ありがとうございました。PS上の写真は、八幡平の山頂にて。.『酔いどれ画像掲示板』に今回撮影した写真を掲載しました。ご興味のある方は、ご覧くださいね♪(^o^)

『酔いどれ画像掲示板』 奇跡の八幡平 今すぐ見たい方はクリック!


3月4日(日) 岩手八幡平・樹氷ツアー その1

本日は仲間6名と八幡平を登って参りました。今日は快晴無風、まるで春山を思わせるような暖かさでした。しかもトレース(踏み跡)もバッチリでこんな好条件、奇跡に近いです。今年で4年連続の「八幡平樹氷詣で」になります。やはり年に一度は、八幡平の樹氷を拝みたいものです。

私にとって、今回で計5回目の八幡平樹氷ツアーですが、完璧とも言えるこんな素晴らしいお天気に恵まれたのは今回が初めてです。だって、一日中晴れてくれたのですから〜♪メンバーのMさんとW女史さんは、冬の八幡平は初めての経験で、樹氷の美しさに大感動されていました。この山行計画を企画立案してホントよかったなぁ〜♪って、思いました。MさんとW女史さん、八幡平デビューでこんなにお天気に恵まれたのですから、超ラッキーですよね♪

実はですね、当初はそのMさんと私の二人で行く予定だったのです。Mさんは神奈川より岩手へ転勤されたバリバリの山屋(沢屋)で、岩手に来られる前からメールでの交流がありました。私以上に沢の経験が豊富な方で、素晴らしい山屋(沢屋)が岩手(北上)に来てくれてホント嬉しく思いました。そのMさん、今ではすっかり岩手に溶け込み皆の人気者です。飄々としていて愛嬌があり、憎めない性格が皆に愛されている由縁だと思います。山の経験も豊富な方で、とても頼りになるお方です。

そのMさんと去年から約束していたことがあります。@八幡平の樹氷ツアーに案内しますね。A焼石連峰の尿前本沢を案内しますね。この二つは、私の超お気に入りのコースなんです。「縁あって、せっかく岩手に来られたのですから岩手の素晴らしさを知ってもらいたい!」と思い、この二つのコースを選定した次第です。2月にお誘いした時は、仕事の都合でダメでした。その後、薬師岳で私のスキーのシールが壊れ「高価なものなので、今シーズンは買えないよなぁ…。ということは、今シーズンの八幡平樹氷ツアーにMさんを案内するのは無理か…」と諦めていたのです。

そんな折、まるで「黄色いハンカチ」を思わせるような「幸福メール」が届いたのですよ〜!八幡平のHさんより「シール、あげるよ〜♪」って(2月29日の日記通り)。「樹氷を見るなら今週末が最後のチャンスだろうなぁ〜!」と思い、急遽(山行実施日の2日前、3月2日(金)の19時に)Mさんに「八幡平樹氷ツアーのお誘い」メールをしたのです。そしたら「ぜひ、お願いします!」とのこと。

そのメールの後、シールを譲って下さる八幡平のHさんにメールを送り「急遽、今週末Mさんと八幡平へ行くことになりましたので、4日(日)朝7時にシールを頂戴しに伺います!」とメールをしたのです。当初、秋田県側から登る予定でした。そしたら、Hさんよりメールを頂戴し「せっかく我が家へ寄るのですから、岩手県側から登ったらいかがですか?その方が早いですよ〜!」と。「うん、確かにそうだなよなぁ〜!」と思い、これまた急遽予定変更し岩手県側から登ることにしたのです。

その旨(コース変更)、急遽Mさんにメールをしたところ、「北上のS先生、珍しく4日(日)は予定が入っておらず、暇そうなので誘ってみますね!」とのこと。そして私も「岩手県側から入るのだったら八幡平のHさんも誘ってみますね!」とメールを返しました。そんなメールのやり取りをしていたら、いつの間にか巡り巡ってメンバーが膨らみ6名の参加になりました。たった2日間、激しくメールのやり取りをした結果かもしれません。北上のS先生はじめ、皆さん大ベテランで達者な方々ばかりですので、リーダーとしてまったく不安はありませんでした。私のようなスキー超下手な若輩者がリーダーさせて頂くのは、おこがましいくらいです(^^ゞ。

本日6時45分、松尾八幡平IC出口にて集合し、その後Hさん宅にお邪魔しシールを頂戴しました。何だかんだで御在所のゲートを歩き始めたのは8時になりました。その時は、風が強くガスもかかっていて「あれ?天気予報と違うぞ!」と思いましたが、歩いているうちに天気が回復してきてホッとしました。ホント素晴らしいメンバーと樹氷を堪能できて楽しい山行になりました♪本日撮影した写真枚数は何と242枚!これだけ晴れることは珍しいです。ここぞとばかりにシャッターを切りました。続きは後日の日記にて〜♪(^o^) PS.上の写真は、陵雲荘を後に八幡平の山頂に向かうメンバーの面々です。


3月3日(土) 台湾の沢 沙里仙溪(しゃりせんけい)

数週間前、NHKのグレートサミッツで台湾の玉山(標高3,592m)が放映されました(再放送)。やっと先日、時間が取れたので録画しておいたビデオを見ることが出来ました♪この日をどんなに待ち浴びたことか〜!特に興味があったのが、台湾の沢、沙里仙溪(遡行グレード、おそらく6級)にNHKのスタッフが、現地台湾の山岳会のガイドのもと、同行取材(撮影)させていただくというもの。

この厳しい沢(最難関グレード)にテレビカメラが入るのは、初めてだと言います。沢登りをやっている人であれば、最終的に憧れるのが最難関の沢がある台湾の沢ではないでしょうか?雪山をやっている人であれば、ヒマラヤに相当するほどの魅力があるのだと思います。台湾には深くて険しく厳しい沢がたくさんあると聞きます。その多くが、日本の精鋭的な沢登り山岳会と現地台湾の山岳会との合同で開拓されたと聞いています。

沢登り(沢を登って山頂に至る)とは、日本古来の登山スタイルで、登山道がないその昔(江戸、明治大正、昭和初期)の初登頂記録の多くが、沢から登頂されていたのも頷けます。その日本古来の登山スタイルが、日本人の手により台湾に伝わり、沙里仙溪のような厳しい沢が開拓されるに至ったのだと思います。

私にとって台湾の沢は、ヒマラヤと同じくらい(もしくはそれ以上)に夢であり憧れでもあります。そんなわけで、そのNHKの放送を食い入るように見ました。まるで自分自身が遡行しているかのように。まさに手に汗握りながら見ていました。映像を見ていて、日本にはない渓のスケールの大きさを感じました。こんな素晴らしい沢を遡行出来たら、どんなに幸せなことでしょう♪この番組を見ていて、海外遠征への夢と希望が膨らみました。「またヒマラヤを登ってみたい!海外の沢を遡行してみたい!」って。

自分にとって山登りとは、「常に新鮮でありたい!」というポリシーがあります。よって、一度登った山や一度遡行した沢より、未体験の山や沢の方に大きな魅力を感じてしまいます。そして、スケールの大きな山や沢ほど、ワクワクします。『何があるのか、何が起きるのか、わからない…!』、それを垣間見たくて登っているような気もします。自分の知らいない(経験していない)世界を垣間見たい!それだけでとってもワクワクし興奮し、楽しい気持ちになります。これって、変人なんでしょうか?

今週も2月24日に記載した○○会社さんのホームページ作成に専念し、超多忙な毎日でした。仕事の合間や、朝早起きして、また夜の授業が終わった後に深夜まで、せっせと制作に励んでいました。時間をどうにか捻出しながら集中して制作しております。社長さんのご希望『新社屋完成の4月1日には、ぜひ公開したい!』というご要望とご期待に、このペースならどうにか間に合いそうです。

明日の休日は、気分転換に仲間達(7名)と八幡平へ登って参ります。いくら忙しいとはいえ、やはり週に一度は思いっ切り山を登って「命の洗濯」をしたいものです。明日の山行メンバーは、個性あふれる面々ですので賑やかになりそうで楽しみです♪PS.そうそう、『酔いどれ画像掲示板』に先週行った「桐ノ木沢山」を掲載しました。また、『山の扉』にも掲載しましたので、ご興味のある方はご覧くださいね〜♪(^o^)

『酔いどれ画像掲示板』 桐ノ木沢山(1,209m) 今すぐ見たい方はクリック!
『山の扉』 桐ノ木沢山 今すぐ見たい方はクリック!



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