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4月30日(土) ゴールデンウィークと新ブラウザ IE9

ここ岩手県・盛岡にも春が来ました♪市内の桜はちょうど見頃なんですよ〜!さらに新緑が鮮やかで目にも眩しいくらいで綺麗なこと〜♪私が住んでいる盛岡市内は、自然が豊富で、近所を散歩する度にウットリ状態!心が癒されます。我が家の庭もスイセンなど花ッコ達が咲き始めましたよ♪長い冬が終わり自然の命が躍動する「春」が好きです。日一日と新緑が芽吹いていく姿には感動します。

昨日29日(祝)は、八幡平へ行って参りましたが…松川温泉から先日開通したばかりの樹海ラインを通るべくゲートに到着したのが朝7時でした。なんとゲートが締まっておりました。案内板によると、どうやら8時半に開くようです。「しょうがない!読書でもしながら待つか…」と。待つこと1時間、8時に職員の方がやってきて「30分早いけど、ゲートを開けてくれるのかな?」と思いきや、なんとその案内板を「終日閉鎖」に変更されちゃいました。マジですか…!と思い、その職員の方に駆け寄り話を伺いました。どうやら昨夜は雪が降ったようで「上部の積雪量が多く県の指示で閉鎖を決定しました!」とのこと。

が〜ん!一時間も待ったのに〜!この日は、お天気も悪く風も強く、さらに新雪が積もっておりました。このゲート事件で?私も心も閉まってしまいトーンダウン…。「せっかくここまで来たけど、やめるか…」と中止を決定。帰りに「せっかく来たのだし、鞍掛山でも登って帰るか〜!」と行ってみることにしました。そしたら物凄い人の数にビックリですよ〜!「お祭りでもやっているのだろうか?」と思ったほどです。そしたらですね、その日(29日)が鞍掛山の山開きで、ちょうどセレモニーの真っ最中でした。

久し振りに鞍掛山へ行ったのですが、登山口に「たきざわ自然情報センター」なる立派な施設が出来ていました。下山時、この施設の前を通った時…「ちょっとそこのお兄さん!温泉の割引券あげるよ〜!こっちへおいで〜!」「は、はぁ、は〜い♪」登山者限定100円の割引券でしたが、嬉しかったです。帰りは「お山の湯」に寄って一風呂浴びました。ゴールデンウィークは、パソコンスクールの仕事(授業)や山岳ガイドの仕事が入っていて連泊で山へ行くのは厳しいです。よって、日帰りの山を飛び飛びで数座登りたいと思っていますし、久し振りにのんびり過ごしたいと思っています。

そうそう、話変わって…先日4月26日午前0時(日本時間)、震災により提供が延期されていたマイクロソフトの最新Webブラウザ「Internet Explorer 9(IE9)」の正式版の提供が開始されました♪「高速性とシンプルで使いやすいユーザーインターフェースに生まれ変わった!」と前評判が高かっただけに、この日を楽しみにしておりました。マイクロソフトのよれば、処理性能はIE8に比べて約18倍という高速化を実現しているそうです。さらにIE9では、悪質なソフトウェアをダウンロードさせるWebサイトを99%の確率でブロックしてくれるとか。

早速ダウンロードし、使い勝手や新機能などの性能をチェックしてみました。まず最初に驚いたのが洗練されたシンプルな画面!様々なものが統一(または統合)され、ホームページが画面一杯に広く表示されるようになりました。タスクバーからブックマークに直接アクセスすることができる「ピン留め機能」も便利です。私が一番気に入った新機能が「タブの強化」です。タブに表示されているホームページをドラッグ操作で別ウインドウに表示させたり、逆に別々のウインドウに表示されているホームページをドラッグ操作で一つのウインドウに合体させたりできるんです。様々ホームページを多数閲覧していると陥りがちな問題は、これでスッキリ解決できると思います。この新しいブラウザIE9をインストールできるのは、Vistaと7のみのようです。残念ながらXPには対応していないようです。

PS.上の写真は、岩手公園の桜です。桜、綺麗です♪先週行った仙人山を『山の扉』に掲載しました。ご興味のある方はご覧くださいね♪

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『山の扉』 和賀山塊・仙人山 今すぐ見たい方はクリック!


4月26日(火) 和賀山塊 仙人山&羽山 その2

盛岡の自宅を出発した際は、小雨が降っていたのですが、南下するにつれて止んでくれました。「雨の中の登山」を覚悟していたのですが、ラッキー♪まずは仙人山の登山口、和賀仙人を目指します。位置的には北上市と西和賀町の錦秋湖の南に位置します。

今回のルートは、もっともポピュラーな黄金街道から登ります。この黄金街道は、奥州藤原氏の栄えた時代、黄金を掘ったり、それを運んだりした道らしいです。そこには仙人峠の姥スギがあり、樹齢900年の見事な巨木です。「森の巨人たち100選(林野庁が次世代への財産として残すべき選定した巨木)」に選ばれたほどです。黄金街道〜姥スギを経て山頂に至る素晴らしいコースです♪

「なのに何でヤブなの?」ということですが、巨木の姥スギまでは、まるで遊歩道と言えるほど立派に整備された道なのですが、そこを過ぎると突然道が悪くなるようです。そこから先、仙人山まで登る人は少ない、ということなのでしょうね。それはネットで情報収集していましたので、気にしておりませんでした。私にとって登山道は、踏み跡程度あれば、それで十分なのですから…。ヤブ漕ぎを嫌っては、沢登りは出来ませんゆえ。

自宅を出発したのが6時、姥スギ専用駐車場に到着したのが7時半、そこに車を停め、歩き始めました。黄金街道と言われるだけあり、何か気品を感じます。っていうか、朝の柔らかい日差しが新緑に照り返り美しいのなんのってぇ〜♪さらに麓には高山植物が咲き乱れていました。まるで夢の世界を歩いているようでウットリ♪高山植物と新緑、そして残雪の白のコントラストがマッチングし、えも言えぬ景観を醸し出しておりました。しかし、油断は禁物です。この区間は、クマの縄張りのようです。熊除けの鈴を鳴らしながら四方八方目を配りながら登って行きました。

尾根(仙人峠)に出るまでは、急斜面の九十九折のルートなのですが、あちこち雪崩れていました。そのうち2か所は、激しく雪崩れた跡があり、残雪期の登山は注意を要します。尾根の雪屁が崩れ、雪崩を誘発しブロック雪崩れになったものと思われます。場合によっては、登山道を無視し、尾根通し登った方が安心できるかもしれません。やがて姥スギに到着しました。まっこと見事な巨木です。ネットで調べて写真は見ていたのですが、実物を見るとその迫力には驚かされました。神々しさを感じる名木です。樹齢約900年、樹高約30m、根本周り11.5mもあり、大人7、8人でやっと手が回るほどです。岩手県内でも有数の巨木です。

姥スギのちょい先を進むと、久那斗(くなと)神社奥宮に到着します。その後、尾根通しに5分ほど登ると鉄塔があります。錦秋湖が望めるビューポイントです。その鉄塔を過ぎると…「あれ?登山道はどこへ行った?」と思うほど、一気にヤブっぽくなります。これまでの道が良過ぎたせいか、ギャップを感じるのでしょうか?踏み跡はシッカリしていますので、特に問題はありません。結構な急傾斜で重労働を強いられます。登るにつれ残雪が多くなりヤブを覆い隠してくれました。まさに春山エンジョイ♪って感じです。事前情報で「展望がない山…」って聞いてたので期待していなかったのですが、雪のお蔭で展望がバッチリじゃありませんかぁ〜♪「なんて素晴らしい山なんだろう!」と思った次第です。

お天気も時折日が射し、美しい光景を見せてくれました。実は…これが結構大変でした(^^ゞ。一瞬日が射し「今がシャッターチャンス!」と思いきや、カメラを出すと太陽が雲の中に隠れ…。この繰り返しでした。よって、いつでもシャッターを直ぐに押せるように電源を入れっぱなし状態にしておりました。残雪豊富で標高900mとは思えないほど、ダイナミックな雪山登山を満喫出来て「予想以上じゃないかぁ〜♪」って、何か得した気分になりました。登り始めること、2時間半で山頂に立つことが出来ました。山頂の展望も360度、バッチリでしたよ♪(^o^) これも雪のお蔭ですね。下山は、1時間10分でした。下山したのが11時14分、これから羽山に移動し登ります。

いや〜羽山の登山は気合が入りませんでした…(^^ゞ。一度下山すると、登高意欲が薄れのでしょうか…?たかが600Mの山なのに遠く感じました。しかし、カタクリやイワウチワの群生が見事で感動しましたよ〜♪もう春なんですねぇ〜!結果的には、二つの山を登った充実感があり、「やはり登って良かった!」と思った次第です。帰りは近くのつなとり温泉、景勝園に寄り、一風呂浴びました。サウナと露天風呂は入れない状態でしたが、気持ち良かったです。何はともあれ、楽しく充実した一日でした♪(^o^) PS.先週行って敗退した八幡平の中岳を『山の扉』に掲載しました。さらに先日行った和賀山塊の先人山と羽山を『酔いどれ画像掲示板』に掲載しました。ご興味のある方は、ご覧くださいね。上の写真は、先人山にて。豪快な雪山をエンジョイできました♪

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『酔いどれ画像掲示板』 仙人山 今すぐ見たい方はクリック!


4月24日(日) 和賀山塊 仙人山&羽山 その1

先週のこと、中岳の林道歩きで時間を費やし敗退した後、安比温泉にて入浴後、久し振りに体重計に乗りました。62.3Kと表示され、我が目を疑いました(^^ゞ。いつの間にこんなに肥ったのだろうか?私のベスト体重は58〜60Kなんですよ〜!「こりゃマズイ!減量しなければ…」と真剣に思いました。2キロも太ったのでは、クライミングはじめ、登山活動にも支障をきたします。

てなわけで、早速、翌18日(月)より減量を開始!@食事後、毎回20分散歩する A毎日岩山への散歩は欠かさない B間食は絶対にしない Cご飯の量は、これまでの半分にする D夜のお酒を止める、もしくは控える。 これら五つの誓いを立てました。そして、着実に実行しました。本日下山し温泉で入浴後、体重計に乗ってみました。そしたらちょうど60キロでした。そ、そ、そんなバカな…たった一週間で2.3キロも痩せるわけないじゃないか〜!私の計画では2〜3週間かかるかな?と思っていたのです。

私が出した結論は、先週乗った体重計か、本日乗った体重計のどちらかが狂っているのでは?と。決して気を緩めず、これからも@〜Dのダイエット計画を実行し続けたいと思っています。特に@の食事後の散歩は「ちょっと食べ過ぎたかな?」って思った時など効果絶大ですよ!確か以前NHKの番組だったかな?でやっていたんです。

本日は、「岩手の山60」の和賀山塊・仙人山と羽山を登って参りました。私は木〜金あたりに週末の山行計画を考えるのですが、その時点では、週末の天気予報は絶望的で、土日ともシッカリと雨マーク、降水確率も80〜90%という状況でした。先週敗退しているせいか?どうしても山へ行きたい気持ちで一杯でした。「余程土砂降りでもない限り行こう!」と、やる気満々の私。「果て、どの山を登ろうか?雨降りでも楽しめる山へ行こう!」と心に決め、物色し始めました。私の言う「雨降りでも楽しめる山とは…?」、ヤブが深くって山頂の展望がない山、なんです。これなら、お天気に左右されません。どうせ景色が見えないのですから…。体力トレーニングと割り切って楽しく?登れます。

ネットで検索したり私が持っているガイド本を読み漁ったりして、まさにピッタリの山を見つけました♪それが和賀山塊の仙人山です。ちゃってぃさん(私の山仲間です)のブログ『外あそび研究会inいわて(とっても素晴らしいプログですので、ぜひご覧ください)によれば、『大嫌いな藪が行く手を阻みます。藪は朝露にじっとりと濡れており、それをかき分けて進む私は下半身ずぶぬれ…。とどめに、このコース一の急傾斜が始まりペースがた落ち。背の低い灌木に囲まれているので眺望も無く、黙々と登っていくしかありません。…略…眺望のない藪っぽい急斜面を登り続けるなんて苦行以外の何物でもないです。…略…山頂も藪でーす。眺望、ほとんどありませ〜ん。今年のキングオブ藪は、私の中ではダントツで十和田山なのですが山頂の見晴らしの悪さは十和田山を上回りますね…。』臨場感溢れる素晴らしい文章表現、ウットリする名文です。

この記事を読み、私の心は騒ぎました。まさに肉沸き血踊る興奮!悪天の時こそ、まさにピッタリの山じゃないかぁ〜♪こんな素敵な山があっただなんて、私はこれまで何をしていたんだろう…。さらに日曜日は雨の予報、雨の中のヤブ漕ぎでびしょ濡れになるのは必須!「びしょ濡れになれて、さらにヤブ漕ぎまで出来るなんて、まるで沢登りの気分を満喫できるじゃないかぁ〜!」。「今晩は興奮のあまり眠れそうにない…」と思った次第です。「今週末はコレだな!決定!」。しかし、「この山だけだと物足りないかも?」と思い、近くの山で「岩手県の山60」に選定されている羽山もついでに登ろう!という、Wの山行計画を練りました。朝6時ちょい過ぎ、小雨降る中、自宅を出発しました。標高・難易度関係なく、どんな山でも初めて登る山って、とってもワクワクします。冒険心っていうか、未知なる好奇心っていうか、とっても楽しみなんです。続きは次回の日記に続く…。

PS.上の写真は、仙人山の山頂までもうちょっと!尖がったところが山頂です。標高882Mしかない山なのに、この雪の量は一体…。今年は雪が多いです。雨の中のヤブ漕ぎを楽しみにしていたのですが…(^^ゞ。完全な雪山登山!って感じでした。思いの外、天候に恵まれ楽しい春山を満喫できました。新緑と高山植物と残雪、トリプルの楽しい山行になりました♪やはり、行ってみるもんですねぇ〜!(^o^)


4月21日(木) 東日本大震災 復興に向けて

生徒さんや山仲間と会う度に、今回の震災の話が出ないことはありません。先ほど来られた生徒さんは、ご実家が山田町で、ご両親の安否が心配で避難所巡りをされたようです。あまりにも変わり果てた故郷を見て「信じられない、言葉にならない…」と申しておりました。ここ岩手では、大槌町と陸前高田の被害が特に甚大です。岩手県民が知っている、あの美しい光景はどこにもありません。

生徒さんや山仲間達の中には、被災地へのボランティア活動に精を出されている方もたくさんいます。犬猫の動物保護に尽力される方、心のケアに行かれる方、演奏に行かれる方、瓦礫の撤去に行かれる方、様々ですが、話を聞くと「被災者の方々を少しでも励まそうと思って行ったのですが、逆に励まされました。沿岸の方々は、ホントたくましくって凄いです!」って、皆さんおっしゃいます。

先日は、被災地の宮古へボランティアで心のケアに行かれた生徒さんが、帰りにうちに寄ってくれました。「お礼に新鮮なイカと鯵(あじ)をもらったのよ〜♪先生にもあげるね!」って、わざわざ届けてくれました。母として「今晩はごちそうだな♪」って、美味しく頂戴いたしました。その生徒さんも言ってました。「海の人々は強いですね!逆に励まされちゃいましたよ!」って。これからまだまだ大変なことが続くかもしれませんが、皆さんの元気と勇気と希望があれば、岩手は必ず蘇る!と固く信じています。

また被災地・釜石に演奏に行ったミュージシャンであり登山家でもある山仲間のHさんの話によると…避難所に演奏に行ったらね、「ここの避難所にはタレントや著名人は誰も来ないのよ〜!大歓迎よ♪嬉しいわ!」って、大変喜んでもらえたようです。テレビやマスコミで石原軍団はじめ、タレントや著名人の訪問は大きく報道されますが、避難所の中には、そういったことに恵まれないところもあるんだなぁ…と思った次第です。「皆が助け合って、この難局を乗り越えよう!」っていう気持ちが、ひしひしと伝わってきます。日本人って、岩手県人って、ホント凄い!って思います。以下、産経新聞より抜粋します。私がいつも昼食を食べながら見ている「ひるおび」でも放映され、思わず涙しました。

【命の限り叫び続けた防災放送の女性職員】
大きな揺れの後、津波の来襲と高台への避難をひたすら呼び掛け続けた。津波に押しつぶされた宮城県南三陸町で防災放送の担当職員だった遠藤未希さん(24)。いまだ安否が分からない。「しっかり頑張ったね。でも、何も命を張ってまで…」。いたわりと無念さに揺れる母親。秋に結婚式を控え、準備を進めていた。

「ないよね」。避難所に張り出された身元不明者、死亡者の特徴を書いた紙を指で追いながら、母親の美恵子さん(53)がつぶやいた。震災から2週間以上が経過し、更新される情報も日に日に少なくなっていく。震災翌日から2日間はがれきの中を歩き続けた。「見つけられなかった。自分たちの手ではどうしようもなかった」。隣に寄り添う父親の清喜さん(56)はうなだれた。

3階建ての防災対策庁舎は津波にのまれ、赤い鉄筋だけが無残に立ち尽くす。11日、未希さんは2階で放送していた。「6メートルの津波が来ます。避難してください」。冷静で聞き取りやすい呼び掛けが何度も繰り返された。海岸にいた両親にもその声は届いた。庁舎に残った職員約30人のうち、助かったのは10人。高台の高校に避難した人からも波にさらわれる職員の姿が見えた。

未希さんは勤続4年目の昨年4月、危機管理課に配属された。介護の仕事に就くことを考えていたが、両親の希望を聞き入れ、町職員を選んだ。昨年7月に婚姻届を出し、今年9月の披露宴に向け楽しそうに準備していた。景勝地・松島のホテルを早々と予約。昨年12月、初めて衣装合わせをしてみた。「3月にはウエディングドレスの新作が出るの。お母さん一緒に見に行こうね」。そう約束していた。

美恵子さんは「放送が途中で切れた」と知人に聞かされた。最後の方は声が震えていたという。「放送するのに精いっぱいで、逃げられなかったんだろうね。実際は怖かったと思う。母親の私が守ってあげられなくて。申し訳なくて」 町は人口約1万7千人。約8千人の所在が分からず、被害の全容はまだ把握できていない。それでも避難所へ逃げた女性(64)は「あの放送でたくさんの人が助かった。町民のために最後まで責任を全うしてくれたのだから」と思いやった。「『ご苦労さま。ありがとう』という言葉をかけてあげたい」と清喜さんは涙ぐんだ。 上の写真は、その女性が最後までアナウンスしていた防災センターです。

震災直後から、大規模な救出、救助、今では復旧へ向けた活動へと、大活躍している部隊があります。それが、自衛隊です。今回ほど、自衛隊のありがたさを痛感したことはありません。行方不明の被災者を懸命に捜す自衛隊員。隊員のひとりに奥さんから携帯メールが入った。「お父さん、無理しないで!」 隊員はすぐに返事を送った。 「いま、無理しなかったら、いつ無理をするんだ!」 宮城県で行方不明者の捜索の指揮をとっているある自衛官は「隊員は精神的にも肉体的にも限界を超えている。しかし、ここでわれわれが弱音を吐いたら、だれが行方不明者の捜索を行うのか。石にしがみついてでも最後までやり抜きます!」と語った。自衛隊の皆さんに心から感謝申し上げます。


4月18日(月) 遥かなる八幡平・中岳&四角岳

先週に引き続き、『岩手県の山60』の積雪期全山登頂を目指して、次に選んだ山がコレ!青森と岩手、そして秋田の県境で県北に位置する中岳&四角岳の登頂を目指すことにしました。私自身、迂闊にもこの山の存在を知りませんでした。一応標高も千メートルを超えていますし、山頂からの展望もいいみたいです。

まずは山行計画を練り、2万5千図をジックリと見てルート観察しました。正直「楽勝♪こりゃハイキングだな!」って思っておりました。登山口から山頂までの標高差がたったの460Mしかないのですから。特に四角岳は岩手、青森、秋田の三県の県境にまたがる珍しい山です。

県北の山でここ盛岡から結構な距離があり、登山口まで約82kもあるんですよ。岩手って、結構広いです。心はハイキング気分で「お昼頃には下山できそうだなぁ〜!安比の温泉でゆっくりしよう!昼食も久し振りに外食しよう♪果て?何を食べようかな?」と運転しながら、そんなことを考えておりました。

唯一心配していたのが、「今の時期、車はどこまで入れるのだろうか?」ということでした。先週行った薬師岳では登山口付近まで車で入ることが出来ました。今回はどこまで車で入れるのか…?私の予想では、「最低でも標高440mの中沢と穴無沢が交差する林道分岐までは入れるだろう!」と確信していましたし、それを前提に山行計画を練りました。「いくら何でも標高が440m位なら、雪が全て解けているだろう!」と思っていたのです。

登山口までの道路のアプローチは、これといった道標もなく、ちょっとわかりにくいです。それだけマイナーな山のでしょう。こんな時、カーナビが威力を発揮してくれて、ありがたいことです。切通の最後の集落を過ぎ、やがて細い砂利道になりました。そこから5分も走らないうちに(最後の民家より3.4K地点)、「あれれれぇ〜!雪だぁ…これ以上進めん!あっちゃ〜参ったなぁ〜!」。こんな早くに通行できなくなるなんて、まったくの想定外でした。標高がたったの365mしかない林道なのに、この雪の量は一体…。さすが県北の山です。雪解けが進んでいないのでしょう。

車が入れたのは、私が想定していた場所のず〜っとず〜っと後方でした。その場所から、登山口までの林道の距離を計算したところ、約7.5Kもありました。往復ですと林道歩きだけで15Kか…(^^ゞ。しかも、雪の量が多く、ズボズボ潜って歩きにくく重労働です。もちろんトレースはなくラッセルしながらの行進ですから、「登山口までおそらく2時間半くらいかかるだろう」と推測しました。ということは、登山口までの林道歩きだけで往復5時間は見なければなりません。せっかくここまで来たのだし、とりあえず行けるところまで登ってみるかぁ〜!てなことで、車を路肩に停め、私の長〜い長〜い林道歩きがスタートしました。

山において林道歩きほど苦痛を感じることはありません。ただひたすら黙々と歩くしかないのですから。9時過ぎると雪が緩みズボズボと潜り始めました。ぜいぜい、はぁはぁ…息が切れます。今日はとても風が強いです。林道上でこれだけ強いのですから、稜線は突風状態かもしれません。単調な林道歩きの中で、せめてもの救いが「沢を見て、そして沢の音を聞きながら歩けた」ことです。沢の音は私の心を癒してくれました。また雪解けで増水していることが、春の訪れを感じさせました。歩き始めること2時間半、やっと登山口に到着です。時間は11時…。本日は6時頃には帰宅しなければならない私用があり、時間的に登頂は無理だ!と諦めました。もし、山頂目指して突っ込むと…山を登って降りて約4〜5時間、その後、林道を7.5K歩くのに2時間半。すると、下山するのが6時を過ぎてしまいます。そこから自宅までさらに約2時間半かかりますし。

山を登らずして敗退するなんて、く、く、悔し〜い!また来月にでも再挑戦します!中岳、侮れない山です。林道にはまだまだ多くの残雪があり、完全に消えて登山口まで車で入れるのは、一体いつの日やら…。巨大な倒木が林道を塞いでいたところもありましたし。林道を15Kも歩くと、景色が変わり雪の量も変わり、それなりに変化に富んで楽しかったです♪「今の時期、この山を登ろう!」という企て自体が無謀だったのでしょうか…。否、来月は長〜い林道歩きを前提に計画を練り(全行程9〜10時間)、スタート時間を早め、軽量化を図り、時間的な余裕をもって再チャレンジしたいと思っています。PS.今回撮影した写真を『酔いどれ画像掲示板』に掲載しました。移りゆく林道の変化をご堪能ください。

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4月15日(金) 酔いどれパソコン講座

今日の盛岡は、春を飛び越しまるで初夏を思わせるようなポカポカ陽気で日中は汗ばむほど気温が上がりました。日中の最高気温は、何と23度!暑いワケです。今日も近所の山、岩山へ散歩で登ってきたのですが、Tシャツ一枚でも汗ばむほどでした。桜の名所、北上の展勝地では今日から桜まつりが催されるようです。現在はまだ咲いていないようですが、桜はきっと県民の心を癒してくれると思います。

展勝地の桜は、青森県の弘前・秋田県の角館と並んで「みちのく三大桜名所」の一つですし、「さくらの名所100選」に入っているほど有名なんですよ♪樹齢80年以上のソメイヨシノ、約2kmの桜並木や陣ヶ丘などを楽しむことができます。ここ岩手の桜が満開になるのは、4月下旬〜5月上旬のGW頃なんです。

甥っ子のたっくん(もう直ぐ4歳)は今月より幼稚園生になりました♪先日、東京の弟よりたっくんの入園式の様子を撮影したビデオ(DVD)が送られてきて、母と一緒に見ました。子供の成長は早いものでビックリします。たっくんは、外遊びが大好きなアウトドア派なんです。きっと登山やキャンプも喜んでくれそうで、連れて行く日を楽しみにしているんですよ♪あっ!前置きが長くなりました(^^ゞ。今日は酔いどれパソコン講座でした…。

先日新規の生徒さんよりご相談がありました。それは…「自分のピアノ演奏をプログに公開したいのですが、そのような授業をしていただけるのでしょうか?」と。しかも「初級者ゆえ、難しいことはせず、簡単な方法でやりたい!」とのご要望でした。やり方は様々あります。動画でしたらユーチューブが有名ですが、「音楽で、しかも初心者でも気軽にできるそういったサービスがあるのだろうか?」とネットで検索してみました。そしたらまさにピッタリのサービスがあったのですよ〜♪その名も『VOON(ブーン)』。録音用のマイクが必要になりますが、それさえあれば、自分の声や音楽をホームページやブログに張り付けたり、QRコードを作成することも可能です。また声のメッセージをメールで送ることも可能なんですよ♪

早速実験してみました。上手くいきましたが、一つ問題が…。音声を録音時、変換しながらサーバーへ保存される仕組みになっているようで、VOONのMYアルバムに保存するのにとても時間がかかりました。試行錯誤した結果、録音に関しては他のソフト(Moo0 ボイス録音器 1.30)を使い自分のパソコン内に保存し、その後、その音声ファイルをVOONのサーバー上のMYアルバムにアップロードしブログに張り付けるタグを生成した方がよさそうだ!ということが判明しました。意味、分かってくれたでしょうか?VOONの場合、アップする音声ファイル形式はMP3でなければならず、その点、録音ソフトMoo0はとってもシンプルで初心者でも使いやすく、かつMP3で保存できるので生徒さんにとっては一石二鳥でした。とっても感動&感謝していただき嬉しい限りでした♪(^o^)

話変わって…今日来た生徒さんのパソコントラブル相談!どうやらウイルスバスターが悪さしてパソコンをシャットダウン出来ないようで…。ネットで検索したら、同じようなトラブルがたくさんありました。シャットダウン出来ない原因は、Windowsとバスターの力関係で、バックグラウンドでバスターが作動しているうちはシャットダウンできない場合があるようです。それを強制的にバスターのモジュールを全て停止させることによって、問題解決するようです。「もし、それでもダメだったら別なウイルスソフトをご紹介しよう!」と考えておりました。そのウイルスソフトとは…マイクロソフト社が開発し無料配布しているMicrosoft Security Essentials です。実は私も使っています。

現在当スクールには7台のパソコンがあるのですが、内数台は試験的にこのMicrosoft Security Essentials を使用しています。使い始めて結構なりますが、特に問題なく快適に利用させて頂いています。何たって無料ですから〜♪しかもマイクロソフト社のウイルスソフトですからWindowsとの相性も良く、軽くて快適です。しかし、市販されているウイルスソフトと比較すれば強力さは多少欠けるようですが、一般のご家庭で使う分には問題はないと思われます。企業やハードユーザーは、お金は掛りますが、やはり市販のウイルスソフトの方が安心できると思います。以下、上記に述べたソフトのリンクをご紹介します。ご興味のある方は、ご覧くださいね♪上の写真は、入園式に向かうたっくんです♪そうそう、先日行った早池峰山域の薬師岳を『山の扉』に掲載しました。これまたご興味のある方はご覧くださいね♪(^o^)

『VOON(ブーン)』 声/音楽を使ってコミュニケーション、ブログに貼り付け! ← 今すぐ見たい方はクリック!
『Moo0 ボイス録音器 1.30』 MP3対応、とても簡単なサウンド録音器 今すぐ見たい方はクリック!
『Microsoft Security Essentials 』 マイクロソフト社の無料ウイルスソフト ← 今すぐ見たい方はクリック!

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4月13日(水) 東日本大震災 自粛について考える

先日のこと、テレビニュースを見ていたところ、我が地元岩手の酒蔵「南部美人」さんの社長が出ていました。っていうか、動画サイトユーチューブで自ら訴えた被災地への支援が反響を呼び、各メディアが一斉にこのユーチューブの映像をテレビで放映したのです。これから経済復興しようと頑張っている被災地にとって、大きな問題である「世間の自粛ムード」…。私もこの映像をユーチューブで見ましたが、再生回数が何と46万回を超えていました。

例年なら歓送迎会や花見のため、お酒の出荷量が増える時期ですが、震災の影響で3月の出荷量は4割減ったと言います。岩手県酒造協同組合によると、県内の23カ所の酒蔵のうち沿岸部の3カ所は全壊。ほかにも停電の影響などで現在も生産ラインが止まっているところがあり、南部杜氏(とうじ)で知られる地元の酒造業界の被害は深刻のようです。

南部美人は出荷先の半分を県外が占めるそうです。「被災地を気遣っての自粛の気持ちはありがたいが、このままでは経済的な二次被害を受けてしまう。被災地以外の方は普通に生活し、経済活動をすることが中長期的に被災地の支援につながる」と久慈さんが訴えておりした。

被災地の酒蔵さんが中心となって立ち上げたサイト「ハナサケ!ニッポン!」より一部ご紹介いたします。『地震から1ヶ月が経とうとする今、「自粛」という二次災害が被災地の経済を苦しめています。甚大な被害を受けた岩手県、宮城県、福島県は、日本有数の酒どころ。また酒造りは農業とも密接に結びついた大切な地場産業です。しかし、今の被災地は、とても「酒を飲もう」「お花見をしよう」と言える状況ではありません。

節電への協力、買い占めしないなど、慎むべき行動はもちろんあります。しかし、被害の少ない地域や大都市に住む人々がいちばん被災地の力になれるのは、「ふだん通りの行動の中で、なるべく被災地にお金を落とし続ける」「被災地に代わって消費を支える」ことなのです。今年も東京では桜が咲きました。もし被災地の声に耳を傾けてくださるなら、東北の食材やお酒をもって花見に出かけましょう。「ハナサケ!ニッポン!」とは、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北地方の産品を買って・飲んで・食べることによって、日常生活の一部として長期的に被災地を支援しよう、という合言葉です。』

私も微力ながら毎夜自宅にて地元のお酒を飲むことによって、この支援に参加させて頂いています。っていうか、震災前から参加しているとも言えますが…(^^ゞ。どうして今日の日記にこの記事を書いたか、と申しますと…震災後中断していた仲間達とのクライミング練習、先週から再開しました。1ヶ月振りに仲間達と会い、とっても嬉しく、一緒にクライミングで汗を流し、また様々な情報交換も出来て久し振りに明るい気持ちになりました。本日もそのクライミング練習日で楽しいひと時を過ごしました。私自身も震災後、ず〜っと山へ行く気にもなれず、お酒を飲みに行く気持ちにも全くなりませんでした。しかし、先週あたりから「いつまでも落ち込んでいられない!」という気持ちになり、「普段の生活を送ることが大切なのでは!」と気づいたのです。

山仲間達の仕事もまちまちなんですが、山岳ガイドを生業にしている方もいれば、車屋さんもいますし、ホテルで働いている方もいますし、職業は様々ですが、皆に共通していることは、「お客様が激減し、大変な事態だ…」ということです。当スクールのある生徒さんは、出版広告会社で働いているのですが、震災後仕事が全くなくなった!と言います。当分の間、自宅待機らしいです。特に山岳ガイドや温泉宿はじめ観光業は大打撃です。先に述べた「食と酒」の問題だけではないんです。仕事をしたくても仕事が出来ないことは辛いことです。自粛が度を過ぎると気持ちまで萎えてしまいます。そんな理由からか、ここ東北では、春の桜まつりは予定通り開催されるところが多いようです。自粛のムードが先行して経済活動が滞ると、被災地にとってかえってマイナスにもなりうるのでは?と思うこの頃です。上の動画は例の話題になった「南部美人」さんのユーチューブに投稿された映像です。その他は、以下をご覧くださいませ。

『被災地 岩手からお花見のお願い@』 あさ開 ← 今すぐ見たい方はクリック!
『被災地 岩手からお花見のお願いB』 月の輪酒造店 ← 今すぐ見たい方はクリック!
『被災地 福島からお花見のお願いD』 榮川(エイセン)酒造 ← 今すぐ見たい方はクリック!


4月10日(日) 薬師岳(1,644.9m)

昨日9日(土)は、被災した陸前高田の兄夫婦が我が家へ来ました。震災後2度目になります。突然の帰省で私は既に仕事(授業)が入っており、兄夫婦とゆっくり話す時間はありませんでした。それもで、授業の休憩時間に少し顔を出し話しました。兄は震災の心労と陸前高田での会社の復興に向けての激務に追われているせいか、お疲れモードで、元気がありませんでした。母曰く、「ろくに話もせず、寝てばかりいた…」とのこと。兄としては、震災後初めての休暇らしく、体を休めに来たのでしょうから、それはそれで良いと思いました。

震災後、気持ちが暗く塞がりがちでしたが、「いつまでも落ち込んでいられな〜い!」との思いもあり、震災前に企てていた「岩手の60名山」の積雪期全山登頂に向けて再始動することにしました。今日は、早池峰山域の薬師岳を登って参りました。震災前に計画を立てていたのですが(3月13日に登る予定で準備していた)、延び延びになっていたのです。

ところが7日(木)の震度6の最大余震と、その後の停電で「今週末は無理か…」と半ば諦めていました。母のことも心配だし、ガソリンの入手もままならない状況でしたので…。ところが、昨日ガソリンの確保ができ、母も大丈夫そうでしたので、思い切って山へ行くことにしました。この薬師岳、大迫の岳から登るのが一般的なのですが、今の時期、ゲートが締まり長〜い林道歩きを強いられます。よって、遠野側の又一の滝コースから登ることにしました。標高差、約千メートル、ダイナミックな尾根です。

この薬師岳、道路を隔て向かいに聳えるのが岩手の名峰、早池峰山なんです。薬師岳、素晴らしい山なのですが、早池峰山が立派過ぎて存在感が薄れているかもしれません。早池峰山は数えきれないほど登りましたが、薬師岳は今回で2回目です。1回目は、3年前、沢登りで滝川・又一沢を遡行し、薬師岳の山頂にツメ上げました。その時の下降路に今回登る又一の滝コースを下山しています。積雪期に登るのは、今回が初めてです。問題は、車はどこまでは入れか…?でした。入れるところまで行って、あとは林道を歩くしかありません。ただでさえ長い尾根で時間がかかります。林道歩きは少しでも短縮したいものです。

この登山コース、南面ということもあって雪解けが進んでいました。登山口の500m手前まで車で入ることが出来ました。今日は朝から素晴らしいお天気です♪雲一つない快晴で風もありません。まさに春山エンジョイ♪って感じです。先週、強風と寒さに震えながら登った同じ早池峰山域の毛無森とは大違いです。登っていて思わず鼻歌が出るほど気分は最高!車デポ地より登り始めること45分、又一の滝が目の前に現れました。今回で三度目のご対面になります。いつ見ても立派な滝です♪その後、しばらく沢沿いに歩き、途中で徒渉し右岸の尾根に取り付きました。時間は、9時前だというのに潜る潜るぅぅ〜!ワカンを履いていても潜っちゃいました(^^ゞ。南面の尾根で、しかも今日は気温が高いので、一気に雪解けが進んだものと思われます。

いやはや、これは重労働でした(^^ゞ。まさかこんな早い時間に潜り始めるなんて、予想だにしていませんでした。今の時期なら結構雪が締まっていますので、気温が低く雪が締まる午前中であれば、まず大丈夫!午前中に登頂できるように計画を練ったのですが…。誤算でした。極めつけは、1,100m〜1,290mの急登です。膝上、時には股下まで潜り、ラッセルに難渋しました。今の時期の雪って、腐れ(ザラメ)雪ですので、深く沈んだ足を引き抜くのも重労働なんです。この急登の登りは、一歩、また一歩、って感じでカタツムリ状態…。正直、「もう勘弁!」って思うほどクタクタになりました。標高1,300mを超えると傾斜も緩み楽になることは分かっていましたので、頑張りました。「標高が高くなれば気温も下がり、さっきみたいに潜ることはないだろう!」と思っていたのですが、先ほどではないにしろ、それでも結構ズボッと潜りました。標高1,300mを超えた時点で、「ここまで来たら山頂目指し頑張るぞっ!」とファイトが出てきました。

登り始めること約4時間半、ふぅ〜薬師岳の山頂に到着で〜す♪360度の大パノラマを満喫!綺麗だなぁ〜!下りはあっという間で1時間半で下山できました。そうそう、下山中のこと…「今の時期、薬師岳に登る人はいないだろう!」と思っていました。そしたらですね、1,400m付近だったと思います。「トレース(ラッセル)、ありがとうございます!随分お早いですねぇ〜!朝何時に出発されたのですか?」って、単独の登山者に声を掛けられた時にはビックリしました。まさか人に会うなんて予想だにしていませんでしたので…。さらに驚いたことは、その登山者、なんとツボ足だったのです。ワカンでさえ重労働だったのに、ツボ足で登るなんて…凄すぎます!そのお方の踏み跡を見ると、かな〜り潜っていました。こんな超快晴の中、雪山登山を満喫できたのは、久し振りのことです。明日からまた頑張る活力が湧いてきました!山とはありがたいものです。感謝!PS.上の写真は、本日の潜り具合です(深い所は股下まで)。雪は重く、まるで足に鉛を付けられているような錯覚に陥りました…(^^ゞ。


4月8日(金) 最大の余震・・・またか!

昨夜は夜遅くまで仕事をしていました。「今日の仕事は終了!ヤレヤレ、軽く一杯やって寝るかぁ〜!」とニュースを見ながら晩酌をしていたところ…。夜11時30分頃だったと思います。グラグラ〜「地震だっ!何だ何だぁ〜こりゃ大きいぞ〜!」あまりにも揺れが大きく外に母を連れて避難しようとした矢先に納まりました。

地震と同時に停電になり部屋は真っ暗状態に…。枕元にあるはずの山用ヘッドランプがない…。どうしたことか…(^^ゞ。「あっ!そうだ!先日山へ行くときにザックに詰めてそのままだぁ〜!しまった…」油断してました。もう大きな地震はないと思い、ヘッドランプを枕元に置くのを忘れていたのです。暗闇の中、手探りでザックを置いてある部屋まで移動し、その後ザックの中をこれまた暗中模索でヘッドランプを探しました。

真っ暗闇の中でのヘッドランプ探し…。どうにかザックから取り出すことが出来ました。この暗闇の中では、ランプがないとどこにも行けない…。母を抱えての避難すらおぼつかない。反省しました。今晩からは肌身離さずヘッドランプを枕元に置いて寝ることにします。夜の地震は、ほんとの怖いものです。母も「おっかねがったぁ〜!(怖かった)」って、言ってましたし。地震がおさまり、布団に入って寝ました。明日の朝には電気が復旧していることを願って…。

今朝は朝6時頃に目が覚めてしまいました。電気を点けようとしたらつかない、もちろんテレビもパソコンも電話も…。あの時(3月11日)と一緒だ!停電のままで電気が復旧していませんでした。次に町の様子を見に外に散歩へ出かけました。信号機も点いていません。コンビニも閉まっていました。8時頃になると近所のスーパーは長蛇の列…。そしてガソリンスタンドに至っては数キロに及ぶ大縦列状態でした。あの時とまったく一緒です。電気がないと、日常生活にも仕事にも大きな支障をきたします。第一、仕事になりません。今日の仕事は一人の生徒さんを除いて、ことごとくキャンセルになりました。3月11日の大震災と同様、情報収集のため、車のカーナビ(ワンセグ)を食い入るように見ました。震度6か…。大きな揺れでしたもの。またもや我が家の台所は、めちゃくちゃです(^^ゞ。

こんな状況の中、母は「健康食品会場に行ってくるから〜!今日は午前の部と午後の部があって忙しいな♪」だって。「母さん、ほんと行くの?いくらなんでも停電だし、こんな状況だし会場はやってないと思うよ!行くだけ無駄だと思うけど…」と私。「震災後、やっと健康食品会場が始まって先週から楽しみにしていたんだよ♪行くだけ行ってみるから。やっていなかったら戻ってくるから」って、ニコニコしながら出かけて行きました。母にとって健康食品会場は、唯一の趣味であり楽しみであり、また生きがいでもあるようですので、無理に停めるわけにもいきませんでした。

この停電、何日続くんだろう…。3月11日の時は丸3日間でした。三日間、電気のない生活を送ったのは山以外で、初めてかもしれません。電気は空気と同じように当たり前のように「ある」と思っていました。この三日間で、電気のありがたさを痛感しました。これだけ近代化が進み、情報化社会と言われる昨今でも、電気がないと、パソコンは使えないし、電話も使えない…。暖も取れない…。通信手段が完全に閉ざされてしまいます。今日は生徒さんも来れそうにないし、読書三昧することにしました。去年読んだD・カーネギーの『道は開ける』を再読していました。「今日中に電気が復旧してくれるといいな…」と願いながら。本日1時半頃、いきなり部屋の電気が点きました♪思いの外、早い復旧で安堵しました。昼一番のご予約の生徒さんが、1時間遅れで来て下さいました。とっても嬉しかったです。パソコン修理の依頼でしたが、無事直りホッとしています。日々の平凡の暮らしがどれだけ「幸せ」であるのか…この「あたりまえ」の中にこそ、「本当の幸せ」があるのかもしれませんね。震災後、つくづく思うこの頃です。

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4月5日(火) 大震災、ある夫婦の救出劇

この度の震災で、様々な感動的な救出劇が報道され、私たちを勇気づけてくれました。亡くなられた方、助かった方々、被災された方々の数だけ、様々な複雑な思いがあると思います。今日は陸前高田で被災した兄夫婦のことについて書きたいと思います。皆様にご紹介するほどのお話ではありませんが、そのような小さなドラマが、被災に関係した家族の数だけあると思い、ご紹介させて頂きたいと思います。

タイトルにある「ある夫婦」とは、私の兄夫婦のことです。被災した後、兄は、そして兄の妻は…。当人から聞いた話を元に綴らせていただきます。3月11日の大震災前のこと…兄の妻であるKさんは、「最近地震が多いなぁ…そのうち、大きなヤツが来るかもしれない…」と、用心深い性格ゆえか?万が一に備え兄の車(パジェロ)の中に布団と通帳と印鑑を積んでおいたようです。直ぐに逃げられるように。「だって、布団とお金さえあれば、何とかなるから〜!」って。

社宅は海岸の側だったので、津波を警戒し、そのような行動を取ったのかもしれません。地震発生時、「これは大きな津波が来る!」と、とっさに思ったようでした。直ぐに車に飛び乗り高台めがけて走ったようです。車で走りながら、後ろの車が渋滞し、多くが津波にのみこまれるのを目撃したようです。また避難指定地に避難した方々もたくさん流されてしまって…。まるで地獄を見ているようだった…と。「ここにいたら危ない!実家(花巻)で一人暮らししている母が心配…」との思いで、避難所に避難することなく、滅茶苦茶に寸断された道路を試行錯誤しながら、どうにか実家の花巻に辿りついたようです。

そのKさんが、我が家に来たのは、13日のことです。「お母さん、功さん(私のこと)、ご報告に上がりました…」と泣き崩れた時には、私も母も「兄は死んだのだ…」と直感しました。今でもハッキリ覚えています。心臓の鼓動がバクバク状態で話を聞きながらは破裂しそうだったことを…。Kさんの報告内容は…今回の津波は想像を絶するもので、兄の生存はかなり厳しいような…。お客様や部下を避難させた後、銀行の全ての金庫の鍵を締めている間に津波にのみこまれたのかもしれない…。地震の直後、奇跡的に連絡が取れ無事を確認できたけど、それ以降はまったく連絡付かず…。そのような内容だったと記憶しています。

母は、「Mは(私の兄)、兄弟三人の中で、一番親孝行だったぞっ!」で話が始まり、泣きながら兄の思い出話ばかりし始める始末…。まるで死んだかのような話し振りには参りました(^^ゞ。「母さん、まだ死んだと決まったわけじゃないし、兄貴は運が強い人じゃないか!きっと大丈夫だよ!」と母をなだめる私…。Kさんが実家花巻に帰った夜のことだったと思います。兄の勤務先である岩手銀行さんからお電話を頂戴し、「お兄様の無事を確認できました!ちなみにKさんのご実家である花巻の連絡先を教えて頂けませんか?」とのことでした。直ぐにピンときました!「実家に何か連絡が入っているかもしれない、兄はKさんの安否を確認したいんだな!」って。盛岡市内ですら携帯も電話もまったく通じない状況でしたので…。「そのKさんでしたら、数時間前までうちに来てましたよ!」って話したところ、「えっ?何だって〜!」物凄くビックリされていました。まさか生きて盛岡にいるとは思っていなかったのでしょう。あとで聞いたことですが、兄は兄で「妻はおそらく生きてないだろう…」と思い、眠れぬ日々を過ごしていたようです。

兄の安否の確認が取れ、直ぐにKさんの花巻のご実家に電話を入れ、さらに東京に住む弟夫婦にも連絡をしました。ほんと生きた心地がしなかった数日間でした。「母さん、言ったでしょ!兄は運が強い人だから大丈夫だ!」って。「それに父亡き後、我が酔いどれ家の長ゆえ、今亡くなられては困るし!兄にはまだまだ長生きしてもらわなくっちゃ〜!」って。兄の安否が確認された後のKさんの行動が凄かった〜!「私、助け出してくるっ!」て。「生きていることが分かり、居場所も分かるのに、私、ジッとしてられない!」って。震災数日後のことですので、ガソリンは全く入手できず、さらに沿岸に行く道路も寸断され、緊急車両のみという制限の中、「あまりにも無謀!」だと思いました。兄の勤務先の会社からも「お気持ちはわかりますが、危ないからやめて欲しい!」と懇願されたようです。

後日、Kさんからその時の救出劇について伺いました。「まったく入手できない状況下で、ガソリン、どうやって入れられたの?」と。「実家(花巻)の隣がたまたまガソリンスタンドで、夜の時間で既にシャッターが閉まってたの。もしかして中に人がいるかもしれないと思い、シャッターをガンガン叩いたら、出てきてくれたの。これこれしかじかの理由でどうしてもガソリンが必要なんす。頼みます、分けて頂けませんか!」と。「ごめんなさい、それは無理な頼みです!」と断られたそうです。それでも諦めずに拝み倒したら、気持ちが通じたのかな?なんと満タンに入れてもらえたようでした。

次に「沿岸に行く道路は緊急車両以外通行禁止なのに、どうやって陸前高田まで行けたの?」って聞きました。「確かに途中で停められて…緊急車両以外ここから先は通れません!って。で、私言ったの!「この車は緊急車両です!急いでますっ!早く通してください!お願いしますっ!」って。そしたら、通してくれたの」って。必死な思いが通じたのかもしれません。確かに緊急物資を満載して向かったようでした。母がKさんに手渡した卵が被災地の方に大好評だったようです。その2日後、Kさんは我が家に兄を連れてきてくれました。夫婦愛と言いましょうか…Kさんの行動力には脱帽です。肝が据わっているというか、さすが数百数千の観客の前で堂々と日本舞踊を披露する踊りの先生だけあります。普段はおっとりしている方なんですけど…。そんなバカ力があっただなんて…。そんな妻と一緒になれた兄は、幸せ者かもしれませんね。

その後兄は、本社に向かい陸前高田支店の被災状況の報告を済ませ、数日間自宅待機を仰せつかり、その後、被災地である陸前高田に向かいました。銀行の復興の為です。陸前高田の復興のために全力で働いている兄を誇りに思います。今日届いた兄からのメール…『本日、いよいよ臨時出張所(岩手銀行・高田支店)の開店日だ!』と嬉しそうな様子が伝わってきました。上の写真は、兄のメールに添付されていた臨時出張所の写真です。無理せず健康に気を付けて陸前高田市民の為に頑張ってもらいたいものです。PS.『山の扉』に先日登った毛無森を掲載しました。ご興味のある方は、ご覧くださいね。

『山の扉』 毛無森 今すぐ見たい方はクリック!


4月3日(日) 右肩が…2 & 早池峰山域・毛無森(1,427.2m)

診察室に入ると…「先生、ご無沙汰しております。10年前に足首の手術をしていただいた酔いどれです。お陰様ですっかり元気になりました!その節は大変お世話になりました♪」と挨拶をしました。先生は、私のことを覚えて下さっていて「お〜!あの時の〜!今日はどうした?また岩から落ちたのか?」だって(^^ゞ。

「今回は、岩から落ちまいと必死に頑張った挙句、どうやら筋を痛めたようなんです。かれこれ半年も痛みが続いて…」と私。レントゲンをじっと見つめる先生…「右肩の○○部分の骨が欠けているけど、何らかの強い衝撃で欠けたのだと思う。痛くないか?」とその場所を指圧する先生…。「そこは大丈夫なんですが、その裏が痛むんです」と私。どうやら痛みは骨の欠落ではなく、肩の裏の筋肉の肉離れが原因らしい…。先生の診察によれば、大事ないようでホッとしました。スポーツをしてもよろしいとのこと、但し、ストレッチや準備体操はきちんとして暖機運転してから右肩に徐々に負荷を加えて言って下さい!とのことでした。何はともあれ、一安心しました♪

10年前、栃内病院さんに入院した時のこと…。この時は、単なる骨折ではなく、右足首の骨が飛び散り粉砕!さらに足の裏の腱がズタズタに断裂…。逆に言うと、あの高さの岩からグランドフォールして、よくまぁ〜これだけの怪我で済んだものだ(死なずに済んだ)!と思ったものです。今でもハッキリと覚えています。先生が私の足首を執刀した際、思わず放った言葉…「わぁ〜こりゃひどいっ!例え手術が成功したとしても、今後山登りもクライミングも諦めて下さい!」と。これは私にとって、かなり衝撃的な宣告でした。

手術後は、右足首以外は元気ピンピンなんです。「山を諦めろ!だなんて、私には納得できない!一日も早く山に復帰したいっ!」その一念で、入院中もせっせと体力トレーニングに励みました。足を使わないトレーニングでしたら先生もOKしてくれましたので。よって、腹筋毎日500回〜1,000回、腕立て伏せも500回、その他握力トレーニングや背筋トレーニングなども行いました。だって、他にやることないんだも〜ん!お見舞いに来てくれる山仲間達の差し入れといったら、山の本やトレーニング機器ばっかりでしたし〜!それに話題は「酔いどれさんが退院したら、○○へ行こうな!○○の岩を登ろうな!」そんな話ばかりでした。そんな入院生活を送っていたところ、ベットの足がガタガタになってしまったのです(^^ゞ。それ以降は、申し訳ないと思い、病院の非常階段でトレーニングを行うようにしました。当時、院内ではちょっとした有名人?だったようです。よって、先生も覚えていて下さったのでしょうね。

話変わって…本日は、早池峰山域の毛無森という山を登って参りました。自粛モードが漂う中、「あまり遠方へは行けないなぁ…」と思い、近所の山にした次第です。この毛無森は登山道がなく、登頂するためには沢をツメて登るか、雪を利用して登るかの二つに一つなんです。去年の11月14日、山仲間のHご夫妻と共に砂子沢右俣の沢をツメて登頂しました。その時、「今度は雪のある時期に登ってみたい♪」と心に誓ったのです。本当は3月中に登る予定でいましたが、震災があり、それどころではなくなりました。やっと最近多少は落ち着き、本日気分転換に登ってみることにした次第です。っていうか、「今日逃したら今年は無理だろうなぁ…今日が最後のチャンス!」と思っていたのです。雪のあるうちに行かないとヤブだらけで登れなくなりますゆえ。

「はて?どのルートから登ろうか?」と思案した結果、嫁ヶ淵バス停付近の林道を折合沢に沿って登り、七折ノ滝の手前の標高700m右岸枝尾根より取り付きました。北面の尾根で急傾斜が続き、しかも本日は強風との戦いでした。厳冬期と遜色のない風の冷たさでした。岩峰に行く手を阻まれたり雪壁が出てきたり、ナイフリッジが出てきたり、結構楽しませてくれました。弱点を上手く見つけ、楽しみながら突破できました。強風とラッセルで体力を消耗し、「もう止めようかな?」と何度か思いましたが、「被災地の皆さんも頑張っているんだし、私も頑張らなくっちゃ〜!」って気合を入れました。登り4時間で登頂♪下山は2時間でした。麓の大迫では、今もなおガソリンや灯油不足が続いているようでした。よって、お風呂にも入れませんでした。今回の山行の詳細は、後日の日記にご紹介させていただきます。PS.上の写真は、本日撮影したものです。毛無森の南西尾根(バリエーション)より鶏頭山を望む。


4月1日(金) 右肩が…1

今日は春のような陽気で、日中の最高気温は何と12度まで上がりポカポカの一日でした。関東は桜が咲き乱れる季節ですね(ここ岩手ではGW頃が見頃なんですよ)。東京でサラリーマンしていた当時、会社が西新宿でしたので、3月末の棚卸の激務が全て終了後、部署の皆で新宿御苑に行ってお花見したものです。そのお花見を楽しみに皆で力を合わせて頑張ったのです。夢や希望があると、力が出るのかもしれませんね。
本日は震災以来、初めて車にガソリンを入れました。ここ内陸の盛岡では、何時間も並ばなくても入れられるようになりました。数日前までは、どのガソリンスタンドも大渋滞でしたので、緊急時以外は車に乗らないようにしていたのです。3月11日の震災以来、公私ともに多忙を極め、全く休みを取っていませんでした。今週末は三週間振りに「息抜きしたいな!」と思っています。

私の登山人生30年の歴史の中で、三週間も山へ行かたなかったのは、怪我して入院した時以来かもしれません。沿岸の被災地の方々のことを思えば、山どころではないのかもしれません。私の場合、「山へ行けないこと」が大きなストレスになっているようで、この際思い切って行ってみる決意をしました。そして、気分転換し、来週は新たな気持ちで公私共に頑張ろうと思っています。とはいうものの、お天気次第ですが…。

先週のこと…庭に捨ててあった氷の山(雪が固まって堆積した山)を除去し、玄関から庭に行けるよう作業をしました。氷は硬くスコップとつるはしで力を込めて何度もカチ割る作業をしたところ、ついに腕が上がらなくなってしまったのです。つまり、右肩に激痛が走り腕を上げたくても上がらない…。思えば、去年の10月2日に栗駒山・磐井川本流を単独遡行した際、滝の高巻き中にダイナミックな動作をした時に右肩に負荷がかかり痛めてしまったのが原因なんです。その時は、遡行に夢中のあまり(全神経を集中していたため)、痛みは感じませんでした。痛みが出たのは翌日のことです。車のハンドルを握るのもシンドイほど腕を上げると激痛が走りました。

この痛み具合から察すると…「おそらく筋を痛めたのだろう!肉離れか?安静にしていれば、いずれは治るだろう!」って思い、病院へも行かずにいました。1カ月ほどしたら大分痛みが緩和されましたので、「そのまま様子を見よう!」と。ところがそれ以降、現状維持状態が続き、ちょっと無理すると痛みだし…の繰り返しでした。特にクライミングの後は…。で、今回の雪かき作業で無理がたたり、これまでにない激痛が…。怪我してから半年も経つし、痛みが続き…夏の沢シーズンまでに完治させておかないと…との思いもあり、病院へ行ってみることにしました。行った病院は、10年前、足首の手術をしていただいた栃内病院さんです(約2カ月入院)。

病院へ行ったのが23日(火)で、震災の影響で物凄い混雑振りでビックリしました。物流が滞り薬が思うように入手できない状況のようでした。この栃内病院さん、昭和の香りがするアットホームな雰囲気が大好きです。患者さんと看護婦さんはまるでお友達のように仲良しですし、垣根がないっていうか、ほのぼのした雰囲気なんです。看護婦さんも方言丸出しで、親しみを感じます。私の足を手術して下さった先生は、今は院長先生になっていてビックリしました。あれから10年…病院のアットホームな雰囲気は当時のままでした。レントゲンを撮っていただき、いよいよ先生の診察へ…。レントゲン写真をじ〜っと見つめる先生…。あっ!もうこんな時間!続きは後日ということで〜!ごめんなさ〜い!診察結果はいかに…。ドキドキ…(^^ゞ。



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