2005年 08月  酔いどれトップに戻る

8月31日(水) 夏山の危険 2

今日で8月も終わりですね。そして、いよいよ明日からは9月!秋ですねぇ〜!ここ岩手は、朝夕は寒いくらいなんです。昨日の日記は、低体温症について書きましたが、今日は逆に暑さゆえの危険について書かせていただきます。

参考にした資料は、山と渓谷社出版の野村仁著、「夏山」です。この著者の野村さん、実は、私が東京にいた時の山岳会の先輩なんです。野村夫妻にはホントお世話になりました。特に岩登りに関しては、たくさんのご指導をいただき、感謝しております。

ヤマケイ登山学校シリーズとして出版されたこの本は、実に素晴らしくまとめられている良書です。先輩が書いた本だから言うわけではありませんが、お勧めの一冊ですよ!その本の「夏山の危険」の項目の中から、暑さによる危険の部分を抜粋させていただきます。

日射病(熱射病)
暑い環境下で長時間、休みなく活動した結果、しだいに発汗量が低下し、ついには発汗・体温調節機能が停止してしまうのが日射病(熱射病ともいう)である。症状は急激に起こり、頭痛、目まい、吐く気、疲労感に襲われる。顔面が紅潮して、皮膚はカサカサに乾燥し、発汗は全く止まる。体温は、40.5度以上になる。日射病は命にかかわる重い病気なので、処置はすみやかに行わなくてはならない。患者を風通しのよい涼しい場所に移し、衣服をゆるめて風を送ったり、濡れタオルから、徐々に水を多く含ませたタオルで全身を拭いたりして、体を出来るだけ冷す。患者の意識があれば、冷水や薄い食塩水などを飲ませると良い。

熱疲労
高温下で長時間行動して大量の汗をかいたのに、充分な水分補給をしなかったために起こる脱水性のショック症状。脱力感、立ちくらみ、頻脈、頭痛、目まいなどの症状が現れ、顔が蒼白になり、肌は汗でベトベトになって冷たく感じることが多い。熱疲労になったら、患者を風通しの良い涼しい場所に運び、汗で濡れた衣服を着替えさせて、充分休ませる。意識があれば、薄い食塩水を含んだ飲み物を与えると良い。

日焼け
日焼けした肌は健康的、と思われがちだが、実は百害あって一利なしである。むしろ、過剰な太陽光線による一種のやけどというべきだ。ひどい日焼けをしないように、注意した方がよい。紫外線を過度に浴びると皮膚は損傷され、30分ほどで赤くなり、少し腫れる。さらに長時間浴び続けると、痛みを感じたり、水ぶくれになったりする。このような炎症のピークは24時間後にやってきて、ひどい時には、悪寒、発熱、頭痛を引き起こすこともある。日焼けを防ぐには、暑くても長袖、長ズボンの服装で、直射日光に皮膚をさらさないこと。日焼け止めクリームはSPF(日焼け止め指数)30以上のものを使用し、こまめにタップリと塗るようにする。


8月30日(火) 夏山の落とし穴、低体温症について

昨日の日記の夏油山域・経塚山での遭難事故について地元の新聞、岩手日報(29日の朝刊)に次のように記載されていました。以下、その一部を抜粋します。

【不明男性を遺体で発見・北上・経塚山登山】
28日午前8時30分頃、北上市和賀町岩崎新田の経塚山(1,372M)の登山道近くの夏油川で、全裸の男性の遺体があるのを登山中の男性が見つけ、北上署に通報した。

調べでは、男性は○○の○○さんで、凍死とみられる。同署は22日に登山道脇にリュックッサク、登山靴などが置かれているとの通報を受け、25日まで捜索していた。北上地方は21日夜から22日にかけて激しい雨だった。○○さんは雨で低体温症になり、正常な判断が出来なくなって服を脱ぐなどして凍死したとみられる。○○さんは19日に家(埼玉)を出発し、一人で経塚山に登ったという。登山歴は豊富だった。

私たちは、今回残念ながら亡くなられた○○さんのご冥福を祈るとともに、この遭難事故から学び、二度とそのような悲劇を繰り返さないよう肝に銘じたいものです。そのためにはどうすれば良いのか?をじっくりと考えたいものですね。そのような思いから、あえて私が知っていることの詳細をご説明させていただきます。

県警の調べ、夏油温泉の宿の方の話し、本人が残した行動メモから次のような状況で遭難されたと思われるようです。埼玉より夜行バスで岩手へ、そして夏油温泉へ。@長時間の夜行バスの中、充分な睡眠も取れなかったと思われる。行動計画は、経塚山から天竺山を経て焼石岳方面へ縦走予定であった。ところが登山中に道がわからなくなり、登ってきた道を引き返したらしい。

どの時点で大雨に降られたのか?夏油温泉の宿の方の話によれば「その日は、かなり激しい雨で川も濁流状態だった」とのこと。A夜行バスによる睡眠不足と登山による疲労、そして雨でずぶ濡れになることにより低体温症を引き起こしたと思われる。やっとの思いで経塚山の登山口に辿り着いたものの、その時点で低体温症がさらに進行し、意識障害に陥ったものと推測される(経塚山の登山口の吊橋の側に、靴やリュック、そして衣類などが置かれてあったとのことを考えると)。そして、スリップしたのか?そのまま増水した川に流されたもよう。

私は長年山登りをやっているので、捜索などにも協力したことは幾度となくあります。今回の場合、全裸ということもあり、結構衝撃を受けました。損傷が割と少ないこと、そして全裸であったことを思うと、てっきり他殺死体だと思っていたです。その経塚山の登山口からあと1時間も林道を歩けば、夏油温泉です。あと1時間、頑張って歩いてくれていれば・・・と思うと残念でなりません。

上の記事を読んで、「あれ?夏なのに低体温症?」って思った方も多いのではないでしょうか?ヒマラヤや雪山では、低体温症により正常な判断が出来なくなり(意識障害や錯乱状態)、遭難する事故はよく聞きます。しかし、今回の遭難事故は夏山登山です。夏山でも状況によっては、低体温症は起きるのです。低体温症は、場合によっては死に至る深刻な問題であることを肝に銘じておきたいものです。

私は沢登りをやる関係上、低体温症対策は以前より意識しておりました。大きな沢へ行くと、ほとんど丸一日水に浸かりっぱなしということもありますので・・・。ホント神経の感覚がなくなり(特に手から)、体の震えが止まらなくなるのですよ。それから反省して、特に大きな沢へ行く時や秋以降の泳ぎのある沢では、ウェットスーツを着用するようになりました。

低体温症とは?
直腸温などの中心体温が35度以下になった状態を言います(脇の下ではかる体温ではない)。寒冷にさらされると、末梢細動脈が収縮し皮膚血流を低下させて熱の放散を抑えるとともに、振戦(ふるえ)などの発熱反応が起こりますが、体温が30℃以下になると、ふるえすら起こらなくなり、加速度的に体温は低下し続けます。また体温が低下するにつれて精神活動、運動能力ともに低下するため、その人本来の能力を発揮できなくなります。なかでも判断力は早い時期から低下します。

低体温症の症状は?
@前兆(36.5〜35度) 意識は正常。手の細かい複雑な動きができない。寒気、ふるえが始まる。
A軽症(35〜33度) 無関心状態、すぐ眠る。歩行よろめく。口ごもる話しぶり。ふるえ最大。
B中等症(33〜30度) 会話がのろい、意思不明、運動失調、錯乱状態、支離滅裂、震え停止。
C重症(30度以下) 半昏睡状態、瞳孔散大、昏睡状態、仮死状態、心停止。

低体温症の現場での処置(軽症の場合)
@小屋やテントに収容して風雪、風雨をさける。(できれば小屋かテントに収容)
A湿った服や靴下、手袋を暖かい乾燥したものに替える。
B毛布やシュラフで患者を覆う。(本人を入れる前に暖めておく)
C腋(わき)やそけい部に湯たんぽなどをあてて内臓をゆっくり温める。
D温かい炭水化物を含んだ飲み物を与える。温めたスポーツドリンク、砂糖や蜂蜜を混ぜたお湯など。

※ 中等症以上の場合は、@身体を動かさない。A急速な加温をしない、など。救援要請をする必要あり。

この低体温症、山や川、そして海だけではなく、下界でもなりうる可能性があるようです。気をつけたいものですね!私は、夏山でどんなにお天気が良くっても、フリース(もしくはセーター)、着替え用のシャツ(ポリプロピレン系)、雨具、非常食は必ず持ち歩くことにしています。天気が悪化する可能性がある場合は、万が一に備えてツェルトも持参したいものですね。


8月29日(月) ビックリした一日!

昨日は仕事で夏油山域は経塚山の枯松沢へ雑誌社のHさんとフリーのプロカメラマンのIさんを山岳ガイド(沢登り)いたしました。仕事の目的は、枯松沢の美しい渓相や滝を撮影する為のガイドでした。途中深い淵や釜、そして滝などの難所が出てくるため、安全にご案内するのが私の仕事です。

この枯松沢はここ数年毎年入渓していて、今回で5回目の遡行になるので、勝手も熟知しているのです。当初の予定では、いつも私がたどるコース、夏油温泉から林道をRV車で入り(悪路の為、普通車は無理)、経塚山の登山口へ。そこから夏油川本流を下降し枯松沢の出合に。そして、枯松沢を遡行し、経塚山の1188M地点の登山道にツメ上げ、一般登山道を下るというコース。

ところが出発の2日前のこと、雑誌社のHさんより「すみません・・・RV車が手配できませんでした。よって、行動計画を変更してもらえないでしょうか?」との依頼があったのです。往復の林道歩きの時間が加算されることを考えると、行動計画の変更をせざるを得ません。林道を行きと帰りと2回も同じところを歩くのは嫌だろうなぁ!と思い、行きは夏油温泉から夏油川本流を遡行し、枯松沢へ・・・。そして枯松沢を遡行して、沢の中間部まで遡行したら、枝沢をツメて登山道へ出るか、同沢を下降しようという計画に変更したのでした。

そして昨日、三人で行って来ました。7時ちょい過ぎに夏油温泉に到着し沢仕度をして、いざ出発!夏油川本流に降り、遡行開始!川を右へ左へと徒渉しながら順調に遡行していました。ガイド役の私が先頭を歩いていたのです。「あれ、どうしてあんなところにマネキンが置いてあるのだろう?」って不思議に思いました。どんどんそこへ近づいてみると・・・「ギャ!!」 思わず大声を出してしまったのです。HさんとIさんは私の「ギャ!」の大声で「熊が出たのか?」と思ったようです。熊なら何度も遭遇しているので驚くことはないのですが・・・。何とそれは男性の遺体だったのです。8時30分のことでした。

「直ぐさま警察に通報しなくっちゃ!」 ところがここは奥深い谷の中、携帯電話は通じるわけもなく、「こりゃ、夏油温泉まで下らないと無理だね!」と。遡行して来た川を下り、夏油温泉へ戻りました。そして、元湯(宿)の主人に事情を説明し、警察へ連絡を入れました。お巡りさんから次から次へと矢のような質問攻め。「どこで発見したのか?正確な位置は?遺体の状況は?」は当然のこと、「そこの川幅は何メートルか?」「ヘリコプターで行けそうか?」「林道から降りて行けそうか?」「川を降ろすことは可能か?」「そこの地形はどうなっている?」などなど。そのような質問を受けることは想定していましたので、現場の状況をきっちりと把握しておいたのです。

カメラマンのIさんはGPSを持ってきていましたし、私は国土地理院の2万5千図で正確な場所を確認していたのです。その他、周りの状況や地形なども。県警の様々な質問に的確に答えたものの「第一発見者ですし、現地でもっと詳細に聞きたいので、そこ(夏油温泉)で待機していて欲しい。これから人を集めてそちらに向かいます。到着は早くても○時頃になります」とのこと。○時頃というと昼になってしまう。おそらくさらにいろいろと聞かれ、「現場まで案内してもらえませんか?」と依頼されることを覚悟しておりました。三人で、「今日の仕事(撮影)は無理だね・・・」と。

お巡りさん達が来られるまで、まだまだタップリと時間があります。その間、元湯(宿)の主人といろいろと話をしました。「今月の20日頃、経塚山を登山していて行方不明になった男性がいて、先週捜索が打ち切られた・・・」とのこと。年齢や遭難した状況など聞くと、かなり合致していたので「おそらくその方なのだろうなぁ〜」って思いました。山歴が長く、とてもベテランの方だったようです。

思いの他、お巡りさん達は早く来てくれました。4人でいらしたのですが、またもやビックリ!なんとカメラマンのIさんとお巡りさんの一人が、同じ山岳会の山仲間だったのです。その昔、バリバリと山を登っていた仲間だったようで。「こんなところで会うなんて!」って、お互いにビックリされていました。となれば、話は早い!再度状況を詳しく説明させていただいたところ、「ご協力、ありがとうございました。場所は特定できましたし状況も良くわかりました。後は我々に任せてください」とのこと。

予想外に昼前には県警に対する我々の任務は全て終ってしまったのでした。「これなら(今の時間なら)枯松沢へなんとか行けそうだね。予定のコースはとても無理だけど、メインの○○の滝まで行って撮影は出来そうだ!」ということで、気を取り直し、再度枯松沢へ向けて出発いたしました(今度は夏油川本流ではなく、林道を通って)。どうにか山岳ガイドの仕事の任務も終えて、ホッと致しました。枯松沢を遡行中に、県警のヘリがかなり低空飛行で旋回していましたので、「ヘリで収容されたんだな!」とホッと致しました。

夏油川本流なんて、まず人が入らないところ。枯松沢を遡行する場合は、通常林道からアプローチしますし、イワナもいない(温泉成分が混じっている為)ので釣師も入らないでしょうし・・・。我々が発見しなかったら、おそらくこの先当分発見されなかっただろうなぁ〜。亡くなってしまったことはとても残念なことですが、見つけてもらえて、ご家族のもとに帰ることが出来て、私たち少しはお役にたったのかもしれないね、と三人で言い合っておりました。

遭難されたお方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方にお悔やみ申し上げます。

PS 上の写真は、昨日 その後に気を取り直して仕事で入渓した枯松沢の下流部ゴルジュ帯にて。手前が雑誌社のHさん、奥に小さく見えるのがプロカメラマンのIさんです。仕事でなければ、きっと遡行は中止にしていたことと思います。


8月27日(土) お金について考える

明日は4時半に起きて山岳ガイド(沢登り)のお仕事で〜す!台風11号を心配していましたが、どうやらそれてくれてホッとしています。

以下、ロバート・キヨサキ著の『金持ち父さん貧乏父さん』から抜粋いたします。結構考えさせられる内容ゆえ、ご紹介させていただきます。お金の奴隷にならないように気をつけたいものですね。

恐怖と欲望が仕掛ける人生の罠
「たいていの人には値段がある。それは人間誰しも恐怖と欲望という感情を持ち合わせているからだ。まず、お金を持たずにいる事が怖いから必死に働く、そして給料を受け取ると欲張り心が頭をもたげ、もっとお金があればあれも買えるこれも買えると考え始める。その時に人生のパターンが決まる。

そのパターンとは、朝起きて、仕事に行き、請求書を支払う、また朝起きて、仕事に行き、請求書を支払う・・・この繰り返しだ。その後の彼らの人生はずっと恐怖と欲望という二つの感情に走らされ続ける。そういう人はたとえお金を多くもらえることになっても、支出が増えるだけでパターンは決して変わらない。これが、私が『ラットレース』と呼んでいるものなんだ。

みんな本当の気持ちを見つめず、お金が無くなったらどうしよう・・・と心配ばかりしている。そして、その恐怖に真正面から立ち向かおうとしないんだ。つまり、考えようとせずに反応だけしている。頭を使うかわりに感情に任せて反応ばかりしているんだ。

金持ちになっても問題は解決しない
お金がもたらしてくれる喜びはたいていあまり長続きしない。より多くのお金を必要とするようになるからだ。だから働き続けるんだ。金持ちがお金を持っているのは、欲望の為ではなくて恐怖の為だ。金持ちはお金を持たないでいる事の恐怖、貧乏になる事の恐怖をお金が打ち消してくれるだろうと本気で信じている。だからたくさんお金を貯める。

でも、その結果わかるのは恐怖がもっと強くなっている事だけだ。今度は貯めたお金を失う恐怖が襲ってくる。この罠から抜け出す為には、自分の感情に正直になって、自分にとって悪い方向にではなく、自分の為になるように心と感情を使うんだ。感情に対してただ反応するだけでなく、それを観察して考える事を覚えておくんだ!

「与える」ことの大切さ
本当の金持ちになる為には「もらう」だけでなく「与える」ことも出来なければならない。お金に困っていたり、適職が見つからずに困っている人は、この「まず与えて、次に貰う」ことが欠けている場合が多い。金持ち父さんは、もらう為には与えなければならない事を知っていた。そして、与えれば与えるほど、多くのものを得た。


8月26日(金) 飯豊連峰のアブ♪

今回の飯豊連峰の七滝沢の遡行は、まさにアブとの戦いでもありました。私はこの程度のアブは慣れていますので、さほど驚きませんでしたが(林道ではちょっと驚きましたが・・・)、愛弟子のえるさんにとっては初めての経験らしくかなりテンパっていました。

そのえるさんのブログ(ホームページ)を拝見すると、その時の様子が詳しく描写されています。それにしても、えるさんは文才があるなぁ〜!臨場感タップリ!って、感心しております。結構笑える文章ですので、皆さんにもご紹介いたしますね。以下、えるさんのブログよりアブに関する記述の部分をご紹介させていただきます。

@すると、100Mも行かないうちに路肩側が崩れて穴になっており、いくらプラド(RV車)でも腹をついてしまいそうな状況。 これ以上行くのは無理だべか?林道状況を確認するためにドアを開け、車から降りようとする師弟。その瞬間、私の目には黒い粒が無数に飛び回っているのが見えました。とっさにドアを閉め、車に引きこもる私。反対に、すぐにドアを閉め、外に飛び出す師匠。(オカシイって、その行動・・・。)・・・さっそく、アブのお出ましでした。(^^;)

林道の先へとどんどん歩く師匠の後ろをついていくアブ、プラドの周りに群がっているアブ・・・。私は車の中で、アブの群れを見ながら「マジすか?マジすか!?」と繰り返していました。(^^;)マジでコレの中を明日歩くのすか!?ハァァ・・・。(涙) 生きて帰れるのか、コレ・・・。(^^;)

ようやく戻ってきた師匠は、目を輝かせて大興奮!「スゴイ水量だよ!さっすが飯豊の沢だねぇ♪」内ノ倉川のゴルジュを見てきたのだそうです。このアブの中を、そこまで歩いたのすか・・・。

A遡行記録によると、七滝沢出合の徒渉点まで50分くらいかかる様子。50分か・・・アブ、大丈夫だべか・・・。 なーんて思っている間もなく、アブにどんどん周りを取り囲まれていく私たち。おいおい・・・おいおいおいおいおいっっ!!(@@;)襟元から、いきなりシャツの中に飛び込んでくるアブ1匹。気持ち悪いなんて言ってる場合じゃない。殺らなきゃコッチがやられるのです。服の上からエイッと叩きつけ、服の中から取り出してポイッ。その間にもどんどん数を増すアブ。

ヤバイってコレ!!堀内沢なんてもんじゃないよ!しかも小型のメジロアブ以外に、体長2センチはありそうなデカイのがたくさん飛んでるじゃないの!ヤバ・・・息したらアブ吸い込んじゃうかも・・・。(遠い目)

あまりのアブの大群に窒息しそうになり、完全にテンパっている私に、師匠が「えるさん、防虫ネットかぶった方がいいよ!」と一言。うん、かぶりたいの・・・。でも立ち止まったら刺されそうだし、防虫ネットかぶったらネットの中にアブがイッパイ入っちゃいそうでかぶれないの。(^^;)「でも、かぶらないと大変だよ!」・・・うん、そうだよね。(涙)仕方なくザックをおろし、買ったばかりの防虫ネットを取り出して頭にかぶる。

Bフト前を行く師匠を見ると・・・うわわわゎ!!(^^;)しっしょー!お尻が「巣箱に群がるミツバチ状態」になってますぞ!!師匠がお尻に手をやると、アブ達は一度は散るものの、すぐまた戻ってくる。ひぃ〜!・・・あんなに集まって刺されたら、キツイなぁ・・・。などと思いつつ自分のお尻を触ってみたら、自分のお尻も同じ状態だったらしく、指に無数のアブの感触。

ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!ひぃぃぃぃぃぃぃ!!アブ!!アブが私のお尻にぃぃぃ!!何かカユイけど、まさかっ、まさか刺してないだろうなぁ。(^^;)刺されて腫れて、これ以上お尻デカくなったらどうすんだよー!(そういう問題じゃないだろ、える。)何度かお尻のアブを払い、せっせと歩くと、やがて七滝沢出合に到着したのでした♪

PS 上の写真は七滝沢のアプローチの林道歩きで、アブの猛攻撃を受ける私・・・(^_^;)。


8月25日(木) 沢の扉、更新♪

この二日間、日記に紹介した新潟は朝日連峰の七滝沢を本日「沢の扉」に掲載しましたぁ〜♪この2日間、夜なべして?せっせと更新作業に邁進しておりました。だって早めに更新しないと忘れちゃうんですもの・・・(^_^;)。「あれ?この滝、何だっけ?」って。

今回は夏休み特別企画ということで?写真を54枚も(過去最高記録)掲載させて頂きました。この4日間で約150枚ほど撮影したのですが、その中から厳選し?さらにHP用に画像処理をしてコメントを書いて・・・。今後この七滝沢へ行かれる方の参考資料になればなぁ〜!って思っています。また自分自身の思い出の記録にもなりますしね。

私もいろんな方々のHPの山行記録を参照させていただき、どれだけ助かったことか・・・。微力ながら私自身も多くの方に情報を提供したいと思っています。今回の遡行にあたり主に参照した資料が豊野則夫著の『朝日・飯豊連峰の沢』でした。これによると初日のコースタイムが6時間と記載されていましたが、我々はなんと10時間もかかってしまいました。

理由としては・・・外的要因は、@前日の大雨で増水していた A信じられない炎天下で暑さに負けた(熱射病気味になるほどで、頻繁に休憩をした)。内的要因としては、@荷物が重過ぎた(1泊2日の重さとは思えないザック重量であった) A基礎体力に掛ける部分があった、B1箇所高巻きルートを間違え1時間のロスをした、などです。

今回の反省を教訓にして、さらなる飛躍をしたいものです。「早朝に出発して良かったぁ〜!」ってホント思いました。この沢、1070Mの三俣まで安心してテントを張れる場所がなかったのです。なんとしても、そこまで行かなくては・・・と思って頑張って歩いていました。 きっと今日も夕立や雷雨があることが予想されていましたので・・・。

アブの大群に襲われたり、暑さにバテたり、雷雨に見舞われたりで、予想以上に苦労しましたが、今となっては良き思い出であり、楽しいひと時でした。それにしても、飯豊の沢はいいぃ〜!スケールの大きさといい、渓相の美しさといい、難度といい、十分満足できました。年に1回は朝日、飯豊、アルプスなど大きな沢へこれからも行きたいものですね♪(^o^)

PS 上の写真はヨレヨレになりながらも頑張って歩くえるさんです。

『沢の扉』 飯豊連峰・七滝沢 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月24日(水) 飯豊連峰・七滝沢

貴重な夏休みも終わり、今日から現実に戻り仕事三昧です。沢のお陰で?すっかり命の洗濯が出来ました♪昨夜はホント超熟睡しました。やはり自分の布団って、一番疲れが取れますよね。やっと体調の方も快復し元気になりました。

いや〜今回はバテましたねぇ〜!沢でバテることはほとんどない私なのですが・・・。きっと暑さにやられたのだと思います(特に遡行初日は)。まぁ、それでも沢は充分に満喫できましたので満足です(^o^)♪

日本酒とビールを持って行ったのですが、全部飲み切ることなく残すなんて・・・前代未聞です!しかも9時前には寝てしまいましたもの・・・。雨(土砂降り)で焚き火も出来ずに、狭いテントの中では飲むか寝るか、どちらかですし。もう目を開けていられないくらい睡魔に襲われました。きっと疲れていたのでしょう。暑さバテかな?雨で増水していたので遡行時間もかかってしまいましたし。

それにしても7段130M滝の上の4段60M滝を越えるまでは、スゴイ水量と水勢でしたねぇ〜。足を滑らせドボンしたら、洗濯機状態、もみくちゃにされそうな感じでした(^_^;)。ましてや滝や深い釜だらけでしたし。そこを越えると、渓相が一変し穏やかになり「普通の沢登り」って感じでした。もちろん滝やゴルジュなどもあるのですが威圧感がまったく違うのですよ。

でもやっぱり沢登りは面白いです♪この緊迫感がまたたまらないのです。それと渓相の美しさもね♪やはり年に最低でも1回は朝日連峰や飯豊連峰、そしてアルプス方面の沢へ行ってみたいものです。目標があると、トレーニングにも励みも出ますし、自分やメンバーのレベルアップにもつながります。来年の夏休みはどこへ行こうかな?いまからワクワクです♪

酔いどれ画像掲示板に、この七滝沢の写真を15枚ほどアップいたしました。ご興味のある方は、ご覧下さいね♪(^o^) 上の写真はこの沢のハイライトの一つでもある「7段130M滝」です。

『酔いどれ画像掲示板』 飯豊連峰・七滝沢 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月23日(火) 飯豊連峰、内の倉川・七滝沢遡行

お盆休みもせっせと仕事をしていたので・・・この数日間、夏休みをとって、新潟県は飯豊連峰の沢へ行って参りました。年に数回のお楽しみです♪飯豊連峰の沢と言えば、11年前に胎内川の東俣沢本源沢を遡行して以来の事です。

今回行った七滝沢は飯豊連峰の沢の中でもグレード的に比較的楽な方なので結構気楽な気分で入渓したのです。ところが、アブの猛攻撃を受けるわ、大雨で増水しているわで、結構苦労しました。いやはや、アブちゃんにはホント参りましたよぉ〜!アプローチの林道歩きから猛攻撃を喰らいましたし・・・。何箇所刺されたことか・・・。

防虫ネットを持っていったので何とか耐えられましたけど、それがなかったらきっと顔中ボコボコにされていたと思います。立ち止まることもままならぬ状況でしたもの。

前日に大雨が降って、遡行初日は快晴だったのですが、あまりの暑さに灼熱地獄状態でバテました。滝のように汗が吹き出ました。しかも、その日の夕方に夕立があり、またもや増水!予想外に遡行時間がかかってしまいました。

いやぁ〜それにしても11年ぶりの飯豊連峰の沢!スケールの大きさと圧倒的な水量の多さに感動いたしましたよぉ〜♪それと沢と滝の美しにも大感動!朝から夕方まで、みっちりと歩くハメに・・・。そのせいか?いま尚疲労が残っていてネムネム状態です。いやはや、重労働でした。(^_^;)

詳細は、明日の日記に紹介することにして、今日のところは寝ま〜す!明日から仕事頑張らなくっちゃね!ではでは、お休みなさ〜い!なんか夢にアブが出てきそうですぅ(^_^;)。何はともあれ、無事下山!ホッとしています。上の写真は下流部ゴルジュにて、まるでジェット水流でしたよ。


8月20日(土) ソロ

今日は何を書こうかな?とネタ探しに本棚をあさっていたところ、以前読んだ山の本で丸山直樹著の『ソロ−単独登攀者・山野井泰史』が目に付きました。現在日本最高の登山家とまで言われている人で、世界を驚かすようなスゴイ登山をソロ(単独)でやってきた方です。

山野井さんとは何度か岩場などでお逢いしたことがあるのですが、「えっ?この人があの世界の山野井さん?」って思うほど、とても謙虚なんです。自慢話など一切なく、本当に山や岩が好きで好きでしょうがない!って感じでした。

それでは上記に紹介した本の一部を抜粋させていただきますね。「う〜ん!なんか気持ち、よ〜くわかるなぁ〜!」って思いました。ホント私にとっての山もまさしく『期待感』なんです。山を登っていると、普段下界では気付かないいろんなことの「ありがたさ」を実感するんですよね。

「山登りは戦いじゃない。挑む行為でもない。強いて挙げるとすれば『期待感』なんだ。ソロ(単独行)は確かに怖いけど、自分はいつも取り付きで『この壁を登れたら、どんなに素晴らしいか』と考えて、最初の一歩を踏み出す。例えば、あの女性とうまくいきたいと焦がれるような、恋にも似た淡い期待感なんだ」

「ソロを定期的にやっていると、命あるものに優しくなれる。常に死の怖さを身近に感じているから、自然界に生きている全ての命の『尊さ』が実感できる。変な話だが『切られた木は痛いだろうな』とか、『踏み潰された蟻んこは痛いだろうな』とか、哀れみからではなく、彼らの命の痛みがわかる。きれいごとかもしれないけど『自然は大切だな』ってしみじみ思う。」

「ソロをずっと続けてきて、このごろとみに、子供の頃の感受性が高まっているような気がする。ものごとに素直に感動できるし、命あるものをいとおしく思えるし、たとえ相手が自分のことを嫌っても、その人を思いやることが出来るし・・・。なんかこう、自分が豊かになっている実感がある」

「山登りは夢なんだ。それこそ世界中に夢がある。その辺の河原の石ころからヒマラヤの8,000メートルまで、まさに夢が無限にある。だから自分は一生、夢を見続けられる」

そして、次の言葉で著者の丸山氏が締めくくっています。
「我が人生も、かくありたいと思って、私は『ソロ』を書いた」と。

【山野井泰史さんの主な登攀歴】
1986年 ヨセミテ コズミック・デブリ(5.13a)
1987年 コロラド スフィンクスクラック(5.13b)
      エルキャピタン ラーキングフィア 単独第3登
      ドリュ西壁 フレンチダイレクト 単独初登
1988年 カナダ バフィン島 トール西壁単独初登
1990年 パタゴニア フィッツロイ冬季単独初登
1991年 ブロード・ピーク登頂(日本ブロードピーク登山隊)
1992年 アマ・ダブラム 西壁冬季単独初登
1994年 チベット チョー・オュー南西壁単独初登
1995年 レディース・フィンガー南西壁初登
1997年 ペルー ワンドイ東壁、ピスコ南壁
1998年 クスムカングル東壁 新ルート開拓初登
2000年 K2南南東リブ 単独初登

PS 山でのソロ(単独行)はとても危険な行為です。技術と経験がシッカリしている人に限られた登山スタイルです。

8月19日(金) 変化すること

以下は以前「今日の言葉」に掲載したものですが、自分に言い聞かせるつもりで書かせていただきます。この言葉はスペンサー・ジョンソンの名著『チーズはどこへ消えた?』の内容を思い起こさせます。「変化」することは多大な労力と精神力を要します。出来れば避けて通りたい道なのかもしれませんが、人間は「変化=成長」することを義務付けれている生き物かもしれませんね。

最も強い者が生き残るのではない、
最も賢い者が残るのでもない。
唯一生き残るのは変化する者である。

<C.ダーウィン「種の起源」より>

【変化の先にしか進化はない】
(以下、福島正伸先生のHP「アントレプレナーセンター」より抜粋) 私はよく、“変化することが恐い”と思う時がある。日々いろんなことが変化しているのに、そのことを受け入れずただ同じ場所でじっとしている。それが楽なことだと思っているからだ。だから、いざ自分から変化しようと思っても変化などできない。正確には変化しようと“決意”できないのだ。

でもそれは、変化すること以上に本当はずっと恐ろしいことなのかもしれない。まわりが常に変化しているのに、自分だけ同じ場所でじっとしていることが楽なはずがない。進化どころかこのままでは退化してしまう。そうだ、変化の先にしか進化はないのだ!

変化を恐れる必要はまったくない。とりあえず一歩!たとえ踏み出した一歩が後ろへ出した一歩だとしても、じっとしているよりはずっといい。その一歩はきっと、前へ進むために必要な一歩であり、間違いなく進化へとつながる一歩になるはずだから。

以下、池田 敏雄氏(富士通・国産コンピューター開発者)の名言より。

「人間は進歩していない限り本当の生きている
実在感と幸福感はないはずなんです。
絶えず進歩していく、自分を進歩させていくということに
本当の生きている意義があるのではないかと、私は思います。」


8月18日(木) 競争から共創へ

現代はマネジメントの転換期といわれています。これからの時代、「利益を上げる為に、どのようなマネジメントが正解か」ということよりも、「社会に貢献して、人々を幸せにするためには、どのようなマネジメントが必要か」が求められてます。

生き残ることを考えるよりも、貢献することを考えなければ、生き残ることは難しくなってきている時代とも言えるのかもしれませんね。

以下、福島正伸先生著の『メンタリング・マネジメント』より抜粋いたします。この入湯手形、今では一般的になっていますが、その当時はかなり画期的なシステムで大反響でした。「共創の精神」のわかりやすい例だと思い、抜粋させていただきます。

最近話題になっている一つの温泉町があります。今でこそ、三ヶ月以上先まで全館が満室という大変な人気ですが、以前は時代から取り残され、錆びれきった温泉町でした。その当時は、たまたま町にやってくる旅人を、みんなが競争して取り合っていました。

自分の旅館に旅人を呼び込むために、町から少しでも離れたところに看板を出すことを競い合っていた為、街道には看板が立ち並び、著しく景観を損なうばかりか、旅人は怖くて近寄れないような温泉町になっていったのです。そしてしまいには、ある旅館では一ヶ月の売上高が三万円台にまで、落ち込んでしまうような状況になってしまったのです。

そんな中、唯一顧客に受け入れられていた旅館のオーナーが「今まで私がやってきたノウハウを全部公開するから、助け合って町を活性化させよう!だからもう、競争はやめよう!看板を外そう。景観を良くするために木を植えよう。そして露天風呂を作ろう!」と、みんなに呼びかけ始めました。

そんな中で、考え出されたのが入湯手形というシステムです。これはどこの宿に泊まったとしても他の宿の露天風呂に自由に入れるという、画期的な相互支援システムです。全ての旅館が自分の利益よりも、魅力ある町づくりに協力することで、その結果、全ての旅館が大きな利益を得ることが出来るようになったのです。そして何よりもたくさんの仲間とともに、感動という人として最高の利益を得たのでした。

私たちは、相互に支援し合うことで、将来にわたってより大きな価値と感動を提供することが出来るようになるのです。これこそが共創の戦略です。競争で得られるものは小さな利益ですが、共創で得られるものは感動も含めた極めて大きな利益なのです。


8月17日(水) 地震

宮城県で震度6弱を記録した昨日の地震、ここ岩手でも結構揺れました。盛岡は震度4とか・・・。私はちょうど近所の郵便局へお金を下ろしに行っていたのです。ATMで金額を入力しているその時、いきなり大きな揺れが・・・。

地震のことより、このATM機ちゃんとお金を出してくれるのか?が心配になりました。その後、なかなか揺れが収まらず次第に大きくなっていくではないか!母のことが心配になり、直ぐに家に戻りました。母は地震にビビることもなく平気でいました。そして、いつものようにニコニコしていました。

豪胆というか、危機意識がないというか、鈍感というか・・・(^_^;)。実は私もそのような感じなのですが・・・。これも遺伝でしょうか?

去年の震度6の地震の時も、母は平気でテレビを見ていましたからねぇ。1階の部屋にいる母のことが心配になり、様子を見に行ったところ、第一声が、「最近のテレビはこんな大きな地震でも、ちゃんと写るんだなぁ〜!」ですもの。感心している場合じゃな〜い!

このような自然災害時に自分の身を守る術を考えなくっちゃね。この時はかなり大きく揺れて、上からモノが落ちてきたくらいなんですよ。自然災害は人間の力ではホントどうしようもありませんものね。まずは自分の身の安全を守ることが最優先されますもの。地震、台風、津波などなど自然の力って、ホントすごいです。

地震、事故等の災害発生時に、大量の電話が殺到すると、被災地域内における電話が大変つながりにくくなってしまいます。通常の電話がつながらない場合は、比較的つながりやすい方法が「災害用伝言ダイヤル171」です。皆さん、ご存知でしたでしょうか?ご参考までに、詳細を知りたい方は以下をクリックして見てね!

「災害用伝言ダイヤル171」の利用方法 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月16日(火) 「沢の扉」更新♪

日曜日に行った夏油山域のウシロ沢を「沢の扉」に掲載し、アップいたしましたぁ〜♪写真19枚を記載いたしましたので、ご興味のある方は、ご覧下さいね♪本日は、ちょうどお盆休みということもあってか、いつもより仕事(授業)も少なく「チャンス!」とばかりに一気に仕上げた次第です。

これが通常であれば、仕事の合間をみながらの作業で結構大変?(楽しくもありますが)なのですが、今回はお盆休みと重なり幸いでしたよぉ〜♪(^o^)

皆さん、お盆休みはいかが過ごされましたでしょうか?明日からお仕事の方も多いのでは?私は昨日までちょっとバタバタしておりましたが、今日は至って平和な一日です。久しぶりに読書をしたり、溜まっていたメールのお返事を書いたり・・・。明日から忙しくなりそうですが(皆さんもそうだと思いますが)、お互いに頑張りましょう♪

このウシロ沢以外に今月から来月にかけてあと数本、沢のガイドの仕事を承っています。この出版会社のお仕事と、個人の方の沢ガイドと・・・。

私が山岳ガイドをしようと思った理由は幾つかありますが、この23年間、リーダーとして山登りをやってきて、一度も事故を起こしたことがないのですよぉ〜!しかし、それに甘んずることなく、常に冷静に、そして安全にガイドし、山や沢の楽しさを一人でも多くの方にお伝えいしたいものです。

岩手はまさに自然の宝庫です。私は長年東京に住んでいたから、余計わかるのかもしれませんね。このみちのくの大自然の魅力をお伝えしたいものです。そういう意味でも、今回ガイドした滝を含め、来年の本の出版が楽しみです♪(^o^) 山好き、滝好きの方が一人でも増えてくれることを祈って・・・。

PS 上の写真はウシロ沢の下部ゴルジュ帯にて。前が出版会社のHさん、後ろがカメラマンのOさんです。

『沢の扉』 夏油山域・ウシロ沢 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月15日(月) 夏油・ウシロ沢

昨日は日記を更新しようと思っていたら、疲れていたせいか?いつの間にか寝てしまっていたようです。2日間も日記をサボってしまってゴメンなさいです(^_^;)。それにしても昨夜はすごい雨でしたねぇ・・・。雨の音で、夜中の3時に目が覚めてしまったほどですから。

このお盆期間中に山に行かれている先輩や友人も多いので、ちょっと心配でした。昨日の私は仕事でした。雑誌社の方とカメラマンのお二人を夏油山域のウシロ沢へガイドして来たんです。お二人とも沢登りは初心者で、期待と不安が入り混じっていたようです。

仕事の目的は、この沢の上部二俣にある「二俣大滝」の写真撮影のためなんです。○○出版会社より、私はガイド兼モデル?でということで仕事の依頼を受けたのでした。来年の出版が楽しみで〜す♪(^o^)

写真撮影の為、いろいろとポーズをとらせられて、ちょっと恥かしかったです(^_^;)。それよりも何よりも、私の大事な任務(仕事)は、お二人を無事に二俣大滝までご案内して素晴らしい写真を撮っていただくこと!その二俣大滝までは、途中ゴルジュや滝も出てくるので、いかに安全にガイドするか?なんです。ましてやお二人とも沢登り初心者ですし。

仕事とはいえ、お二人ともとっても楽しみ、喜んでくれて嬉しかったです。昨日は非常に不安定な天気で、入渓時は曇り空でしたが、遡行中に何度か雨にたたられました。牛形山山頂直下の一般登山道に出て5分もしないうちにスコールのような土砂降りに!カッパを着ていても、衣服はグチョグチョ状態!下山後の夏油温泉は、まさに天国のように思えました。お二人ともこれを機会に沢登りの世界にハマってもらえると嬉しいのですが・・・。

何はともあれ、雑誌社のHさん、そしてカメラマンのOさん、お疲れ様でした♪上の写真は二俣大滝(20M)です。なお、「酔いどれ画像掲示板」にこのウシロ沢の写真を9枚ほど掲載いたしました。ご興味のある方は、ご覧下さいね♪(^o^)

『酔いどれ画像掲示板』 夏油山域・ウシロ沢 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月12日(金) お盆

今日からお盆休みのところが多いのでは?私の会社は、お盆休みも仕事なんですぅ!本日は授業が終った後、さっそくお墓参りに行って参りました。父が亡くなって、早7年も経ったんだなぁ〜!って。月日が流れるの早いものですね。父の墓前に手を合わせながら、いろんな思い出が蘇って参りました。

父の死をきっかけに私の人生、大きく変わりました。18年間も住み慣れた東京を離れ、郷里岩手に帰ってきて、まったく一からの人生の再スタートでした。いろんな苦労や試練も多かったけど、無事これまで乗り越えてこれたのは、天国で父が見守り応援してくれていたからかなぁ?って思っています。

私の父は、昭和一桁生まれでしたので、それこそ近所でも有名なくらい頑固一徹で、それはそれは大変厳しい父でした。怒鳴られてばっかりいましたねぇ(^_^;)。「出てけぇ〜!」って何度怒られたことか。その反面、父は人情に厚く、義理堅く、曲がったことが大嫌いな性格でした。

父の会社は創業140年、明治時代にそれこそリヤカーひとつで創業したと聞いています。父は先代の社長の長男として生まれ、その時から会社を継ぐことを義務づけられた人生でした。学校もロクに行かせてもらえず仕事ばっかりの人生だったと聞いています。

思えば、私が子供の頃、「勉強しろ!」といわれた記憶がほとんどないのですよ。「学校の成績は普通であればいい!そんなことより仕事の出来る人間になれ!」が、父の口癖でした。学校の成績が悪くても怒られることはありませんでしたが、父から言われた家の仕事(草取りや掃除など)をきちんとこなさないと、それこそ烈火のごとく怒られました。それこそ、「出て行けぇ〜!」の世界ですよぉ!(^_^;)

そんな父を見て育ったせいか、「いつかは自分の会社を創ってみたい!」と思うようになりました。その思いは、大学生の頃からあったと思います。しかし、資金もないし、何をやっていいかわからない状況でした。てなわけで、サラリーマンになったわけですが・・・。自分で会社を作ってから、その経験が今ではとっても役に立っています。上場会社で働くことが出来て、数多くの一流企業とお付き合いさせていただいたことが、また良い経験になったと思います。ビジネスの基本をシッカリと叩き込んでくれた上司や先輩方、そしてアドバイスをして下さった数多くの取引会社の方々に感謝の気持ちでイッパイです。

会社「むげん」を創業して早4年、まだまだ小さな会社ですが、日本一の会社を目指して頑張りたいものです。以下、名言をご紹介いたします。自分で会社を作って、より一層 父の偉大さを痛感しています。私もこの「永続性のメカニズム」を構築したいものだと思っています。

『私は5年間急成長する企業には驚きませんが、20年、30年にわたって継続的に優れた成果を出している企業には非常に興味があります。要は、永続性のメカニズムが埋め込ま れているかどうかなのです。』
<マイクロソフト創業者 ビル・ゲイツ>


8月11日(木) 感謝の心

仕事の方も一段落して、やっと多少なりとも読書の時間が取れるようになりました。現在いわて起業家大学でお世話になった(メイン講師)福島正伸先生著の『メンタリング・マネジメント』を読み返しています。この福島先生、人間的にとても立派な方で、私の尊敬すべき、そして目標としている先生でもあるのです。

完璧とも思える人間味豊かなお方でも、この本を読み、「へぇ〜先生にもそんな時代があったんだなぁ〜!」ってビックリしました。以下、その一節をご紹介させていただきます。先生の思想は、「そのような試行錯誤の中から生まれたんだなぁ〜!」ってつくづく思った次第です。

ある時、私は当時の専務に、次のような相談をしました。「最近、スタッフのやる気が感じられないばかりか、私とスタッフの間の溝が深まっているような気がするんだけど、何か感じることはないかな?」と。すると専務「やっと気付いたんですか。みんな、社長に操られているみたいだ、と言っていますよ」 彼は私の同級生ですから、いつでも思っていることを、そのままに話してくれます。

「私がやっていることは、会社のため、そしてみんなのためだよ」 「社長はいつも、みんなのため、と言っていますが、本当はすべて会社の利益のため、つまり社長自身のためじゃないですか」 私は思わず、こう切り返しました。「そうかもしれない。・・・しかしね、会社がなくなったら、困るのはみんなも同じじゃないか!」 「一番困るのは、・・・社長でしょ!」

「そもそも、会社の業績が悪くても、きちんと給料を払っているんだから、感謝しながら働くのが当然じゃないのかな?」 「みんなの意識は、そうじゃありませんよ。わずかな給料で働いているばかりか、これだけ社長を立てているんだから、感謝して欲しいと思っているんですよ」

私は、リーダーである前に、一人の人間として「感謝する気持ち」を忘れていたのです。それからというもの、私は感謝することを見つけるように努力しました。そうすると、それがいくつもあることがわかったのです。

○朝、スタッフが会社に来てくれたら感謝 ○電話を取ってくれたら感謝
○コピーを取ってくれたら感謝 ○仕事を手伝ってくれたら感謝
○そもそも、こんな小さな会社で一緒に働いてくれるだけで感謝

私は毎日、何度もスタッフに感謝しながら、仕事が出来るようになりました。
不満がなくなり、全てがありがたいことばかりに思えるようになったのです。

そうしているうちに、とうとう一人のスタッフからこんなことを言われました。「社長、今日もみんなのために頑張ってくださって、ありがとうございます!」 この言葉は、涙とともに、一生忘れられない言葉となりました。

私は、これを読んで、「私自身もまだまだ感謝の気持ちが足りないよなぁ・・・」って、つくづく反省した次第です。私の山仲間がたくさん亡くなる中で、私は今こうして生きている・・・。それだけでも大感謝なのに・・・。もっともっと感謝しなくっちゃ!人が育たない全ての原因は、育てようとするリーダー自身の側に問題があるんですよね。相手のせいにしたところで、何も解決することはありませんし。

そんな中、昨夜嬉しいメールが・・・。いわて起業家大学卒業生(同級生で私を「兄様」と慕ってくれているので、私は「妹」と呼ばせてもらっています)からのメールが・・・。以下、その一部を抜粋いたします。

いわて起業家大学終了後、2次会で福島先生のファンクラブ(おちゃめんたー)を立ち上げました。その後、何度も話し合い、先生ともお会いしてその間に今まで以上の連帯感と結束を感じています。また、皆さんにお会いしたいです。先生も岩手が大好き!みんなに会いたいとおっしゃります。準備にかなり時間がかかってしまいましたが・・・。以下、略

その妹の努力の甲斐あってか、彼女の地元、遠野市に先生が講演に来てくださるとか・・・。メールを拝見すると、その興奮と感激ぶりが伝わってきました。福島先生は、ある親しい人に次のように語ったと聞いています。「私がいわて起業家大学の皆さんにお伝えしてきた精神を、今度は皆さん自身の手で広げられることを願って止まない・・・」と。そういう意味で、このファンクラブ、「おちゃめんたー」がきっかけになってくれれば・・・と願っています。私もこのHPを通じて、ひとりでも多くの方に福島イズムをお伝えしたいと思っています。

PS この福島正伸先生の著『メンタリング・マネジメント』はお勧めの本です。起業家と限らず人生すべてに当てはまる真理だと思っています。私のバイブル的な本です。


8月10日(水) 「沢の扉」 バックナンバー更新!

この数日間、仕事の合間を見ては、「沢の扉」に写真を追加すべく、せっせと作業をしておりました。対象は、私が岩手に戻る7年前以上の東京に住んでいた当時に遡行した写真がほとんどです。

その当時、デジカメなどあるわけもなく、当時のアルバムを引っ張り出しては「これはぜひとも掲載したいな!」と思う写真を一枚一枚スキャンして、画像処理して・・・そして文章を入れてと、手間暇の掛かる作業でした。

以前より気になっていたんです。「大きな沢で魅力ある渓なのに、これじゃ〜写真の枚数が少ないなぁ〜!」って。

このHPを公開する時(4年前)も、やはり同じように写真をスキャンしたのですが、600枚ほどしたら、さすがに疲れ果ててしまったのですよ・・・。「暇が出来たら、追加で写真を入れよう!」って思っていたら、あれから4年の歳月が流れてしまいました。(^_^;)

「沢の扉」にこれまで紹介済みの沢にさらに写真を128枚追加しましたので、お暇な方はご覧下さいねぇ♪特に「アルプスの沢」や、「新潟&群馬の沢」は大幅に追加した次第です。

この作業をしていると、当時のことを思い出して・・・。「あの沢の時は、○○だったなぁ〜!」とか「この滝、なんだっけ?」って調べ始めたり・・・。大変な作業でしたが、楽しかったです♪今回「沢の扉」に128枚の写真を追加したことにより、「沢の扉」の写真掲載枚数が1,000枚を突破しました!ちりも積もれば・・・ですね。これからもよろしくです♪(^o^)

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8月9日(火) 郵政民営化について

「可否いずれになっても小差」と言われていた郵政民営化法案の参院決戦は、自民党執行部の予想を裏切る「17票差」という大差の否決に終わりました。小泉首相は、抵抗する閣僚を罷免してまで衆院解散を断行したのでした。

また小泉首相は、郵政民営化法案に反対した37人を総選挙で公認しない考えを明らかにしたのです。人それぞれ考え方があって当然です。しかし、個人的には・・・小泉首相を高く評価していていただけに、今回の首相のやり方には、「やり過ぎなのでは?」との思いもあります。

「俺の言うことを聞かないヤツは、○○するぞ!」と、まるで恐怖政治(ヤクザ)そのものではないのかな?と思ったものでした。少なくても、その手法は民主主義の原理に反する行為なのでは?と感じた次第です。

衆議院を解散してまで郵政民営化法案に小泉総理がこだわる理由は一体何なのか?解散すれば、予算や他の重要法案の審議が遅れ、国民生活に重大な影響をもたらすし、総選挙で自民党は敗北する可能性だってあるのに・・・。

新聞やテレビのマスコミ各社は、「参院では18人造反すれば否決される」とか「誰々が反対している、誰々が執行部の説得で賛成に回った」とか、政局がらみのニュースしか流さないし・・・。本来の法案の内容について、もっと報道してもらいたかったのに・・・。この法案について、国民はどれだけ熟知してるのだろうか?国民にとって、郵便局が民営化されれば、どのようなメリットとデミリットがあるのか?などなど。大切なのは、その法案の中身なのに・・・。

郵政民営化法案で、在日米国商工会議所が「民営化タスクフォース」を設立して後押ししていることを考えると、裏でアメリカの力(ブッシュ大統領)が働いているという説もあります。現に共産党の大門議員が、アメリカ公式文書を引用し、「アメリカで言っている通りに進んでいるだけはないか!」と小泉首相を追及したところ、首相は、「国際社会が小泉改革を高く評価しているということだ!」と自画自賛したほどですから。

「郵政民営化は、300兆円という莫大な官の資金が特殊法人である日本道路公団などに流れ、無駄遣いされるのを防止する行財政改革の入り口改革で重要な改革である」という小泉首相の言い分も良く理解できます。彼の正義感が今回のような行動に駆り立てたのかもしれません。

【郵政が民営化されると、どうなるのか?】
@国の業務がスリム化され、「民間にできることは民間に」の理念が完成する。
A郵貯と簡保という「公的金融」を民営化することによって、多額の資金が市場メカニズムの中で効率的に廻り、経済を活性化する。

しかし、上記の内容の裏を返せば、次のようにも言えるようです。
@JRでみられた赤字路線の廃止・転換の様に、過疎地等の不採算地域での特定郵便局の廃止・統合などサービスの打切り・後退の可能性がある。

A今までの「公的金融」資金が効率性のみを重視することによって、非効率分野に資金が流れなくなり、経済は活性化しても反面倒産・淘汰される企業や事業も相次ぐことになる可能性あり。また、郵便貯金が金融破綻に陥った場合における貯金者の資産保全の不安定化など。

今回の郵政民営化の論議は、利害と利権が絡んでいたのは言うまでもありません。全国特定郵便局長会「全特」や、局長OBが集まる「大樹の会」と政治家(自民党)とのつながり。民主党、社民党、共産党の有力支持母体である全郵政(組合員数8万人)。官僚の天下り先であり、また「族議員」とも利害がからむ特殊法人などなど。しかし、郵便4事業は本来は国民のためにあるものではないでしょうか?

個人的には、この郵政民営化法案について、もっと議論してしっかりした法案を確立してから審議してもらいたかった・・・と思っています。「どうすれば日本の、そして国民の為になるのか?」をもっと真剣に論議していただきたかったなぁ〜!って感じが否めません。衆議院が解散されました。審判を下すのは、国民の私達一人一人なのです。日本国の将来がかかっている大切な選挙になると思っています。


8月8日(月) ごめんなさ〜い!

今日は気温も下がり、ここ盛岡は久しぶりに過ごしやすい一日でした。現在(というより本日の朝から)、バタバタしているのですよぉ〜!今日の日記は、更新できそうにありませんですぅ(^_^;)。ゴメンなさ〜い!


8月7日(日) 「沢の扉」更新♪

昨日ご紹介した「シャチアシ沢」、せっせと画像処理をして「沢の扉」に掲載し、アップいたしましたぁ♪今回は写真を33枚掲載!久しぶりに沢の中で一泊した山行でした。日帰りの沢も楽しいのですが、やはり沢で一泊すると焚き火を楽しめますし、ゆっくり飲めるのも魅力ですね!

沢の中で泊まるとなるとテントやコッヘル(沢用鍋)、寝袋、食料、ガスコンロなどなど、荷物は重くなりますが、それでも沢の中で沢のせせらぎをバックミュージックに星を見ながら焚き火を囲み、仲間と山談義をするのが楽しいものです♪

それに2日間も沢にドップリト浸かることができるのも魅力ですよね!もう、下界のことなんか、綺麗さっぱり忘れますもの。

精神衛生上的にも良い気分転換が出来るんですよ!朝日連峰や飯豊連峰、そしてアルプスなどの大きな沢になると、予備日を含めると約一週間の山(沢)での滞在になるわけですが、そうなると生まれ変わったような錯覚に陥ります。「命の洗濯」という言葉がありますが、まさにそのような感じになるんです。

山は何かと不便なことが多いのですが、それがあるからこそ、下界に降りた時の下界のありがたさを痛感するんですよね。例えば、「布団に寝れる!」「お金を出せば、美味しいものなんでも食べられる!」「車のアクセルを踏むだけで、目的地へ運んでくれる!」などなど。かといって、山に入れば入ったで、山のありがたさを痛感するんですよね!例えば「大自然の景観に感動!」「難所を仲間と共に乗り越えた喜び!」「下界と遮断されたストレスなき生活!」などなど。

山の場合、矛盾した言い方かもしれませんが、「不便で苦労が多いから楽し〜い♪」ってところがあるかもしれませんね。危険が多いからこそ、その分 命のありがたさも痛感するし・・・。特に充実感に生きがいを求める人には、やめられなくなる世界だと思います。

昨日も盛岡の最高気温が35度でした。早起きして洗濯をしたのですが、あっという間に乾きましたねぇ〜!でも、ちょっと暑過ぎですよねぇ・・・(^_^;)。今年は猛暑なのでしょうか?この「沢の扉」の写真をご覧頂くと、少しは涼しい気分になれるかも?上の写真は、シャチアシ沢で小滝を登る私で〜す!気分爽快!気持ちい〜い♪(^o^) 

ネットで検索してもシャチアシ沢の遡行記録は、皆無でした。「登山体系」にはこの沢のヒネリ滝の登攀ルートしか記載されていませんし。今後行かれる方の参考になれば幸いです。

『沢の扉』 和賀山塊・堀内沢・シャチアシ沢 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月6日(土) 和賀山塊・シャチアシ沢

昨日は、日中の最高気温がな・な・なんと35度に!そして、本日も35度になるとか・・・。ヒエ〜!(^_^;)。そんな猛暑の中、和賀山塊は堀内沢のシャチアシ沢へ行って参りました。

昨夜帰宅したのですが、猛暑(沢の中でも暑かった)とアブの襲撃できっと疲れきっていたのかなぁ?軽くイッパイやっただけで急に睡魔が襲ってきて、キュ〜バタン!!いつの間にか寝てしまっていたようです。

今の時期、沢にはアブはつきものなのでどうしようもないのですが、私の周りを輪を描くようにブンブンとしつこく飛び回るのですよ・・・。ちょっと油断するとチクリと刺されますので、油断はなりません(油断していなくても刺されます)。立ち止まったら最後?アブの猛攻撃にあいます。猛暑で体力は消耗するし、かといって休もうにも休むとアブの猛攻撃!まさに「Wの悲劇」です (^_^;)。

これだけ医学・科学が進歩した現代でも、いまだアブ対策が考案されないわけですから、アブの生命力って、凄いんでしょうね!見方を変えれば、アブの多いところって、自然がそれだけ残されている証拠ですし、イワナもたくさんいるんですよね!

私がアブの本当の怖さを知ったのが12年前、仲間と山形は朝日連峰の三面川・岩井又沢を遡行した時でした。沢の出合に降り立つなりアブの洗礼を受けました。いやはや、スゴイのなんのって・・・。黒い塊で襲ってくるんですよ!用をたすこともままならず・・・(^_^;)。払っても払っても襲ってくるんです。ヘルメットの中、耳や鼻の穴、そして口を開ければ口の中にも入ってきました。恐るべしアブ・・・。あまりの凄さに水の中に緊急避難しましたもの・・・。

前置きは、この辺にして・・・さて本題!てなわけでシャチアシ沢へ行って来たのですが、その目的は、この沢に幻の?大滝があるんです。その名もヒネリ滝。なんと100Mですよ!以前より「一度見てみたい!」と思っていたのです。愛弟子のえるさんも同じように思っていたようです。「じゃ、一緒に見に行ってみようか!」と言うことになりました。この滝を見に行く為には、徒渉や滝などの難所が出てくるため、沢登りの技術を要します。沢登りを楽しめて、かつ大滝も見れる!一石二鳥なんですよ!

いやはや、このヒネリ滝には感動しましたぁ〜♪スケールの大きさといい、その美しさといい見事でした!いまだにその余韻が残っています。昨日は思いっきり遊びましたので、今日と明日は仕事頑張りま〜す!このシャチアシ沢とヒネリ滝の写真を「酔いどれ画像掲示板」に10枚ほど掲載いたしました。ご興味のある方は、ご覧下さいね♪上の写真は、そのヒネリ滝100Mです。

『酔いどれ画像掲示板』 シャチアシ沢・ヒネリ滝 ← 今すぐ見たい方はクリック!


8月4日(木) シルバー人材

今日は「日記を書く時間が取れないなぁ・・・」って思っていたのですが、早起きして?これを書いていま〜す!

昨日は、庭師の方がいらして庭の手入れをしてもらいました。ジャングル状態の我が家の庭も、かなりスッキリしましたよぉ♪この庭師の方達、実はシルバー人材センターさんから派遣されてきた方々なんです。

皆さんお年を召されていますが、とても楽しそうに仕事をされているのが印象的でした。その楽しそうな輪に吸い込まれるように?母も混じって一緒に作業を手伝っていました。

「やはり仕事って、楽しむものなんだなぁ〜!」ってつくづく思った次第です。仕事が楽しいから、いい仕事をされるんですよね!シルバー人材の方々って、きっと「まだまだ世の中のお役に立ちたい!」って思って、仕事をされている方も多いように思います。

炎天下の中、ホントご苦労様でした。これからも元気イッパイ頑張ってもらいたいものです♪(^o^)

PS 上の写真は、本日撮影した我が家の庭にプチトマトで〜す♪


8月3日(水) 信は力なり

本日の日記は、私が毎朝発行しているメルマガ「今日の言葉」のバックナンバーよりご紹介させていただきます。これ、とても評判が良かったもので・・・。(^o^)

皆さんはケンタッキーフライドチキンを口にしたことがあるだろうか?サンダース大佐はフライドチキン大帝国を作りあげ、自分が億万長者となるばかりか、一国の食習慣まで変えてしまった。

サンダース大佐も、はじめは、フライドチキンの調理法に詳しい退役軍人に過ぎなかった。ただそれだけだった。組織も何もなかった。彼は小さなレストランを営んでいたが、その店は幹線道路から外れていたため、破産寸前のありさまだった。

年金を支給される年齢になったとき、大佐はフライドチキンの調理法の技術を売れば金になるのでは、ないかと思いたった。まず考えたのは、レストラン経営者に調理法を売り、レストランの経営者から歩合金を受け取る事だった。だが、それは必ずしもビジネスを始めるにあたっての一番現実的なアイデアとはいえない。実際サンダース大佐は、一気にビジネス界のスターにのしあがったわけではない。

彼は車の中で寝泊りしながらアメリカ中を回り、スポンサーを捜した。絶えず発想を変え、ドアを叩きつづけた。1009回断られた後、奇跡が起こったのである。ある人が「イエス」と答え、奇跡のビジネスがはじまったのである。サンダース大佐が財を成したのは、たくましく断固とした行動力があったからだ。

彼は自分が一番望んでいる結果を生むのに必要な力、自分を信じる力をもっていた。1000回断られてもなお、次のドアをたたこうと自分に言い聞かせつづける勇気があった。というのも彼は、いつかどこかで誰かが必ず「イエス」といってくれるにちがいないことを、心底から信じていたのである。

エジソンは電球を発明する過程で、2万回の実験に失敗したと言われています。彼の友人は、失敗を繰り返すエジソンに「また失敗したのか。いつまでその失敗を繰り返せば、あきらめるんだい?」と言ったそうです。これに対し、エジソンは次のように言ったのでした。「私は1度だって失敗していないぞ。駄目な組み合わせを数多く発見したことはあったがね」と。ちょっと考え方を変えただけで、端から見ると失敗という現象も成功の糧になるのですね。ホント「信は力なり!」です!

PS 明日は不在のため、日記はお休みいただきます。m(__)m


8月2日(火) 猛暑!

いやはや夏盛りですねぇ〜!ここ盛岡でも連日30度の猛暑が続いています。数ヶ月前までコタツに包まりながら「寒い、寒い!」って言っていたのがウソのようです。8月7日は「立秋」ですね!早くも暦の上では秋に入ってしまいます。(^_^;)

ここ岩手ではお盆を過ぎると、めっきり秋の気配がやってきます。やがて長〜い冬へと・・・。東京のように「夜も暑〜い!」ってことはないのですが、日中はとても暑くて外へ出るのさえ億劫になりがちです。山へ逃避したくなっちゃいます(^_^;)。

昨日の日中のこと、珍しく母が「具合が悪い・・・」と訴えました。健康食品で鍛えた母の体もこの暑さにはかなわなかったようです。最初は原因が分からず、「とにかくゆっくりと休んだら・・・」と私。どうやら横になっても動悸が治まらず、血圧もいつもより20も高いとか・・・。様子を見て改善されないようであれば病院へ連れて行くしかないかなぁ〜?と思っていました。

年をとると自分が脱水症状になっていることを気付かないことが増えるみたいですね。で、母に「水をたっくさん飲んで、とにかく水分を補給してみたら?もしかしたら脱水症状を起こしているかもしれないよ!」と私。「そんなこと言ったって、喉が渇いてないのに飲めない・・・」と母。それでも無理に水を飲んでもらいました。その結果・・・

なんと動悸が治まり、血圧も正常に戻ったようです。すっかり元気を取り戻したようです。どうやら脱水症状だったようですね。何はともあれ、一安心しました。皆さん、猛暑の時は、脱水症状に気をつけましょう!そして、水分をタップリと補給しましょう!私は、泡の立つ魔法の水?をタップリと補給していますので、どうやら脱水症状とは無縁のようです♪(^o^)

てなわけで皆さん、この暑さを乗り切りましょう!(^o^) 上の写真は「思い出のアルバム」より、朝日連峰の八久和川にて。暑い日は沢登りが一番!楽しそうに泳ぐ鉄人、Wさんです。


8月1日(月) 盛岡さんさ祭り

本日8月1〜3日の3日間、日本一の太鼓パレード、「さんさ祭り」が始まりましたぁ〜♪その太鼓の数、約5千というからスゴイですね!このお祭りは、「東北5大祭り」の一つでもあるんですよ♪会場は、我が家から自転車で10分のところにあります。さっそく写真撮影をして参りました。

「サッコラチョイワヤッセ」という掛け声と太鼓の音が盛岡市内に響き渡ります。この「サッコラ」は、漢字で書くと「幸呼来」となり、「幸を呼ぶ」という意味なそうです。

ほんとリズムカルなテンポで、思わず一緒に踊りたくなってしまうほどです♪(^o^) いやはや、ものすごい人・人・人で、写真撮影するのに苦労しました。

このさんさ踊りは、三ッ石神社の巨石伝説に由来します。それによると、むかし悪事の限りをはたらく鬼がいて、里人たちは三ッ石神社に退治を祈りました。鬼を捕まえた神は、2度とこの里に来ない(不来方の由来)ことを誓わせ、鬼はその証として巨石に手形(岩手の由来)を残して逃げました。里人たちは大いに喜び 祝い、三ッ石のまわりをサンサ、サンサと踊ったのが始まりといわれています。

3日間で150団体、約3万6千人の太鼓と笛、踊り手が華麗な踊りを披露するんです。この日のために、皆さん一生懸命練習を重ねてきたことでしょうね!盛岡の良き風物詩です♪本日撮影した写真を4枚ほど「酔いどれ画像掲示板」に掲載いたしました。ご興味のある方は、ご覧下さいね♪(^o^)

『酔いどれ画像掲示板』 さんさ踊り ← 今すぐ見たい方はクリック!


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