奇跡のシステム・性

- 第6話 -

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はじめに

なぜ、この世の中には男と女、オスとメスがいるのでしょうか?私達は普段その事を当たり前だと思っていますが、あらためて考えてみますと、実に不思議です。私達、地球に生まれた生命のほとんどは性、つまりオスとメスという二つの違うもの同士が協力し合う事で、絶えることなく命をつないできたのです。どんな環境でも、子孫を残そうとする性の営みの不思議な力強さを感じます。このページでは、性は生命の進化の中でどんな役割を果たしてきたか?性は、私達にとって、どんな意味があるのか?を考えてみたいと思います

オスとメスという性のシステムは、いつどのようにして生まれたか?

今から20億年前の地球、生命が地球に誕生して既に20億年が経っていました。しかしその海には、単純な生物しかいませんでした。オスもメスも無い単細胞生物たちです。彼らは自分の体を分裂させ、増えていました。

この時出来た新しい細胞はどれも同じで、全く違いは有りませんでした。細胞の中には、一組の遺伝子DNAがあります。鎖のように無数の分子が連なって出来たDNA。そこには生命の活動に欠かせない膨大な情報が組み込まれています。このDNAを作る分子の並び方によって、その生物の特徴が決まるのです。

分裂して増える時にはまず、遺伝子DNAがコピーされます。こうして分裂を繰り返し、そっくり同じものが次々に作られていきました。数を増やす為には、これが最も効率の良い方法だったのです。しかし、この海の楽園に大きな変化が訪れました。この頃の地球に初めて巨大な大陸が出現し、地球環境は激しく揺れ動きました。海の環境も大きく影響を受けたはずです。栄養分が極度に不足した場所では単細胞生物たちが、次々に死んでいきました。増えるどころか絶滅の危機に直面したのです。

単細胞生物を襲った絶滅の危機、これが性の誕生に関係があるのでは無いか?と東京大学の黒岩博士は考えています。博士が注目しているのは、クラミドモナスという僅か数十分の一ミリの単細胞生物です。太古の生物と同じように、普段は単純に分裂して増えます。このクラミドモナスが、栄養不足になるとどうなるか?栄養分の全く含まれていない水の中に入れてみると、バラバラに動いていたクラミドモナスが所々で集まり始めました。よく見ると二つの細胞が震えながら近づいていきます。やがてお互いに結びつき、一つになったのです。

クラミドモナスは栄養不足に陥った時、二つの細胞が合体し一つの細胞として生き始めたのです。今度は合体した細胞を栄養のある所に戻してみます。一週間後、合体した細胞は再び分裂を始め、増えていました。しかし、分裂する前の細胞とは、大きさや色が微妙に変わっているものがありました。分裂する時に、これまでとは違う何かが起こったのです。

性の始まり

二つの異なる細胞の合体、それが性の始まりではないか?と考えられています。太古の海で絶滅の危機に直面した時、あるものは生き延びる為に隣の細胞と助け合い、お互い足りない栄養を補い合おうとしました。二つの細胞が一つになって、共に生き始めたのです。その結果、この単細胞生物は遺伝子DNAを体の中に2組持つようになりました。やがて合体した細胞は、これまでと違う分裂の仕方を始めました。まず2組のDNAがそれぞれコピーされ、4組のDNAが作られます。そして、厳しい環境にも生き残れる可能性を求めるかのように、DNA同士が近づき1部を相手のものと入れ替えます。

次に、それぞれ違う組み合わせを持った4組の遺伝子は、一つ一つの細胞に分かれてゆきます。この細胞が同じようにして出来た細胞と出合い、再び一つの細胞になります。親と違う新しい生命の誕生です。合体と分裂、そして、その度に起こる遺伝子の組替え、そのサイクルこそが性なのです。こうして性は、子供を生む度に生命の新しい可能性を広げていったのです。

オスとメスという性のシステムの完成

14億年前、長い間続いた単細胞の世界に大きな飛躍が訪れました。多細胞生物の誕生です。最初はニハイチュウのように僅か30個足らずの細胞で出来た生き物でした。しかし、バラバラだった細胞が一つになって生き始めた事は、生命の歴史の中で画期的な事でした。

大阪市立大学の団まりな博士は、性を持ちはじめた生物が多細胞生物への進化につながったと考えています。団博士は、性を持ちはじめた細胞の互いに協力し合う性質が、多細胞生物を生んだと考えています。細胞は2組の遺伝子をコピーして分裂していきました。そして、細胞同士がつながり一つの体を作っていきました。互いに協力することで、様々な環境の変化に適応できる複雑な体を作っていったのです。

子供を作る時には、一部の細胞が他の細胞とは違う分裂をはじめます。遺伝子DNAの組換えを行いDNAを1組だけ持つ細胞を作り出します。これが子孫を残す為に特別に作られた細胞、生殖細胞です。そして、新しい体を作るために他の生殖細胞との出合いを求めて離れてゆきます。多細胞生物は、単純なものからより複雑なものへと進化していきました。

体長僅か1ミリしかないあるクラゲを例にとると、それでも数千の細胞が集まって出来ているのです。この体の中に見える丸い粒が、子孫を残す為の生殖細胞の集まりです。これが卵子です。もう一方のクラゲの生殖細胞は形が違っています。細胞は非常に小さく鞭毛を持ち、活発に運動しています。これが精子です。卵子を持つメス、精子を持つオスが生まれたのです。

オスの体から無数の精子が放出されます。精子は数を多くし動き回れる能力を身に付けることで、卵子と出会える機会を増やします。一方大きな卵子は、豊富な栄養を蓄え、受精した体の成長を助けます。出合いを確実にする為、そして、子孫を確実に残せるように精子と卵子、オスとメスという別々の役割を持つようになりました。生命はついにオスとメスという性のシステムを完成させたのです。

この性のシステムが多様な生命を作り出した

5億3千万年前のカンブリア紀。巨大な大陸が分裂を始め、大陸の割れ目に浅い海が作られました。豊富な栄養を含む浅い海は、生命が一斉に花開く機会を与えてくれました。それまで数十種類だった生物の数は、この時代に一気に一万種類にも増えたのです。こうした爆発的な進化には、環境の変化など様々な原因が考えられます。

しかし、この時代、既に生命が遺伝子を組替え、次々に新しい命を生む事ができる性のシステムを持っていたからこそ可能だったのです。そして今、地球に生きる生命は、3千万種類を越えるとも言われています。海に陸に、そして空に豊かな生命の世界が広がっています。生命が太古の海で、このような多様な生命をもたらしたのです!

性が作り出した世界に一つしかない命、個性

性のシステムは、様々な種類の生命を生み出しただけでなく、一見同じに見える一つの種の中にも多様な生命を作り出しています。幻の蝶、赤と青の模様が鮮やかなブラジル・アマゾンに生息するアグリアス。実はアグリアスは、色と模様が一つ一つ全部違うのです。アグリアスは、同じ種でありながら次から次へと新しい模様が生まれてきています。

赤、青、黄色の三原色で織りなされる様々な羽の模様は、それぞれ世界にたった一つしかありません。まさにアグリアスは、森の宝石なのです。同じ種類の蝶でありながら、どうして、あんなに多様な色や模様が作り出されるのでしょうか?実はこれこそが性が作り出した個性なのです。

私達人間の場合も、個性があるとかないとか言いますが、実際遺伝子から見ても私達は一人一人みんな違う個性を持っています。私達は、みんな父親と母親からのDNAを持っています。その2組のDNAには、それぞれ10万もの遺伝子があると考えられています。体の中で精子と卵子が作られる時には、父親と母親の遺伝子の内それぞれどちらか一つを受け継ぎます。しかし、10万の遺伝子の内、およそ93%は父親のものも母親のものも全く同じです。ですからここでは、いくら組換えが起こっても受け継ぐ遺伝子には変わりありません。この部分は、人という種に共通の遺伝子なのです。

しかし、残りの7%は父親の遺伝子と母親の遺伝子が同じではないのです。ここにある遺伝子が、例えば目の色を決めたり血液型を決めたりします。この違いが個性を生むのです!たった7%ですが、ここにある遺伝子の数は7千もあります。その組み合わせ方は2の7千乗。といっても実感できないかもしれませんが、これは世界中の砂粒の数より遥かに多い無限ともいえる数なのです。ですから、全く同じ遺伝子の組み合わせを持つ子供が生まれるという事は、まずありえないという事がわかります。アグリアスという蝶は、その羽の模様が違うことで個性がある事がわかりました。実は、性を持つ生き物は、例え同じように見えても全て一つ一つが違うのです。全ての生き物は、この様にたった一つしかない命なのです。

様々な個性が作り出すMHCが種の絶滅の危機を乗り越える

オーストラリアの草原地帯、ここに生命が個性を持っている事が、いかに重要かという事を教えてくれる例があります。夏から秋にかけて、この草原地帯を埋め尽くす無数のウサギ。実は、このウサギ達は、人間がもたらした絶滅の危機を乗り越えた幸運なウサギ達です。

1859年、オーストラリアがイギリスの植民地であった頃、ハンティングを楽しむ為に本国から僅かなウサギが持ち込まれました。このウサギは1年で平均12頭もの子供を産みます。オーストラリアには天敵のキツネがいないこともあって、急激に増えていきました。ウサギの大繁殖は、作物や牧草に大きな被害を与えました。様々な撲滅作戦が行われましたが、いづれもうまくいきませんでした。

そこで、オーストラリアの化学産業省は、アメリカからあるウイルスを輸入しました。それはウサギだけに感染し、やがて死をもたらすというものでした。撒かれたウイルスは、瞬く間に広まり次々とウサギは死んでいきまいした。2,3年でウサギは絶滅したかに見えました。しかし、この作戦は失敗でした。確実に感染すると考えられていたこのウイルスに対して、一部のウサギは、抵抗力を持っていたのです。

体の中の細胞には、免疫の働きに重要な役割を持つ組織があります。それはMHCと呼ばれ病原菌を異物と認識するいわば門番の働きをしています。このMHCの構造を見ると上の部分に独特のくぼみがあります。侵入してきた病原菌を異物と認識すると、それをこのくぼみで捕らえます。このMHCには多くのタイプがあります。くぼみの違いによって、捕らえる事のできる病原菌の種類も違ってきます。この違いが、様々な病原菌に対して抵抗力のあるなしを決めるのです。

そして、どんなMHCを持っているかは、人の場合、主にABCなど6種類の遺伝子です。しかも、6つの遺伝子のそれぞれに様々な種類がある事が知られています。例えば、Aでは20種類以上、Bでは50種類以上というように実に多くの種類があります。両親からどのような遺伝子を受け継ぐかによって、その人のMHCのタイプが決まるわけですが、それらの組み合わせの数は、何と数十億通りになるといわれています。性によって遺伝子の組換えが行われるたびに、様々なMHCの組み合わせが作り出されます。オーストラリアのウサギも、多様な種類のMHCを持っていました。その事が、予測できないウイルスの脅威から生き残る事を可能にしたと考えられています。

エイズ・ウイルスにも対抗できるMHC

性がもたらす個性は、今、世界を襲うエイズの脅威に対しても対抗しようとしています。ケニアにある首都・ナイロビでは、これまで300人の母親がエイズで亡くなり、その為800人以上の子供が孤児になっています。特に売春をする女性の感染率は高く、96%に上ると見られています。WHO(世界保健機構)のプロジェクトに世界各国の医師が参加し、現在この地域でエイズの研究と調査に取り組んでいます。

ここで奇跡的な出来事が報告されました。調査した1,700人の売春をする女性の中で、エイズに感染しない女性が、25人見つかったのです。彼女達は10年間エイズ検査をしても、体内エイズ・ウイルスは発見されていません。25人の女性がたまたま感染の機会から免れたという事は、統計学上ありえないと考えられています。

プロジェクトの中心になっているプラマー博士は、この25人の女性の血液を徹底的に調べました。そして、25人の女性達のMHCのタイプに共通の部分がある事がわかりました。プラマー博士は、彼女達が感染しないのは明らかにMHCが関係していると考えています。エイズ・ウイルスが体内に侵入してきます。まず、病原菌を食べる細胞であるマクロファージがエイズ・ウイルスを取り込みます。マクロファージの体内でエイズ・ウイルスは、細かな断片になります。その断片をMHCは捕らえようとしますが、エイズ・ウイルスはこれに対抗するかのように次々と姿を変えていきます。やがて、ほとんどのタイプのMHCは、変化したエイズ・ウイルスを捕らえる事が出来なくなってしまいます。

しかし、エイズ・ウイルスにも変わらない部分があります。25人の女性が持っているMHCは、その変わらない部分を見つけ出す事ができるのだと、プラマー博士は考えています。エイズに対抗できるMHCも、遺伝子DNAの組替える性のシステムがあったからこそ、作り出されたものなのです。まだ完全な治療法が見つかっていない現代の難病、エイズ。しかし、性のシステムは、このエイズに対しても人類が生き残れる可能性を示してくれたのです。

個性は病気に対抗するだけのものではなく、他にも重要な意味がある

性が生んだ個性は、病気に対抗して生き残る為に大切な意味を持っていました。しかし、生態学者の上杉健二さんは、個性は病気に対抗するだけのものでなく、他にも重要な意味があると言います。上杉さんは、沖縄に生息する蝶の個性に注目し、研究を続けています。シロオビアゲハです。名前の通り白い帯の模様を持ったアゲハ蝶の仲間です。

シロオビアゲハのメスの中に、少し変わった模様のものがいます。白い帯びの模様の中に赤い斑点が混じっているのです。これも性がもたらした個性の一つです。赤いタイプは、シロオビアゲハの中では少数派です。オスは白いメスを好む為、赤いメスは交尾できる機会が少ないのです。シロオビアゲハには天敵がいます。ヒヨドリなどの鳥たちです。鳥に襲われ羽をえぐられているシロオビアゲハを時々見かけます。いつも鳥に襲われるという危険にさらされているのです。

しかし、鳥はなぜか?赤いタイプを食べないのです。なぜ、赤いタイプのシロオビアゲハを食べないのでしょうか?沖縄地方には、ベニモンアゲハという毒をもった蝶がいます。実は、この毒を持った蝶は、シロオビアゲハの赤いタイプに良く似ているのです。鳥が毒を持った蝶と勘違いして、赤いタイプを食べないのです。赤い斑点という個性を持っている事が、天敵から生き残る可能性を高めているのです。

もう一つは、自然の猛威に対抗する為

シロオビアゲハは、もう一つ不思議な個性を作り出しています。シロオビアゲハは、一匹のメスがおよそ200個の卵を産みます。ほとんどのものは、サナギになって1週間で羽化します。ところが、同じ親から生まれたのに1週間で羽化せず、およそ1ヶ月経ってようやく羽化するものが必ず現れます。この羽化する時期の差も、親から受け継いだ遺伝子の違いによる個性の一つだと上杉さんは考えています。

ここに生き残る為の知恵が隠されています。沖縄には台風が多くやってきます。もし、この時一斉に羽化していれば、全滅の危険があります。ところが、硬い殻で守られたサナギのままであれば、助かる可能性が高いのです。様々な個性を作る性のシステムは、台風という予期せぬ自然の脅威に対してさえも対抗しているのです。

生命が多様性を確保する為の不思議で巧妙な仕組み

生命にとって、どれだけ広い多様性を持てるか?どれだけ多くの個性を持てるのか?それは、生き残る為に重要な意味がありました。性のシステムの中には、その多様性を限りなく広げようとする不思議な仕組みがある事がわかってきました。アメリカ・カルフォルニア大学のスコフィールド博士は、生命が多様性を獲得する仕組みについて興味深い研究を行っています。スコフィールド博士はが注目している生物は、ヨットハーバーなどに棲むホヤの仲間です。

ホヤは、集まって群れを作って生きています。僅か1ミリほどの小さな個体が集まって管で結ばれ、栄養をやり取りするなど強く結びついています。白いグループと茶色の部ループの同じ種類のホヤ、この2つは持っている遺伝子が大きく違っています。その違うもの同士を近付けてみます。すると、管が通じ合うこともなく離れてゆきます。異物と判断して拒絶してしまったのです。本来自分と遠い遺伝子と結びつく事はないのです。しかし、子孫を残す時には、先ほどと全く逆の現象が起こります。

遺伝子の近い同じグループから、精子と卵子を取り出して受精させてみます。精子が近づいても受精は起こりません。卵子は、遺伝子の近いものを拒絶するのです。続いて、互いに異物として拒絶した2つのグループから精子と卵子を取り出し、遺伝子の遠いもの同士で受精させてみます。今度は卵子は精子を受け入れて分裂が始まりました。性のシステムが働く時には、自分となるべく異質なものと結び合う性質があるのです。

受精はいつも違う遺伝子を持っているもの同士で、行われるようになっているのです。同じもの同士で受精すると、同じ遺伝子が蓄積することになるからです。生命は可能な限り多様性を広げる為に、出来るだけ自分と違うものと結びつこうとするのです。子宮に入った精子は、女性にとって異物です。異物は本来免疫細胞によって排除されます。しかし、精子は例外です。性のシステムが働く時、異物の精子がなぜか受け入れられるのです。この不思議で巧妙な仕組みも全て、多様な生命を生み出す為にあるのです。

太古の海で2つの細胞が合体することで始まった性は、多様な種を生み出し、さらに同じ種の中にも多様な個性を作り出しました。しかも、その多様性を可能な限り広げる為に、性のシステムはできるだけ遠い他人を選ぼうとする実に巧妙な仕組みを持っていたのです。私達もどこか自分と違う相手に惹かれるという事がありますが、この事と関係しているかも知れません。

精子と卵子、オスとメスの出会いを確実にする為の方法の進化

自分を単純にコピーして増える単細胞生物と違って、性を持つ生き物は、とにかくオスとメスが出会わなければ子孫を作れません。このオスとメスが、いかにして出会うか?そのための方法も進化していきました。そして、その出会いが、さらに豊かな生き方を生むことになるのです。

太古の海に誕生した生命は、どのようにして精子と卵子の出合いを確実にしてきたのでしょうか?満月の夜、生命の神秘を思わせるドラマが海で始まります。サンゴの産卵です。一つのサンゴが産卵を始めると、他のサンゴも次々に産卵を始めます。

サンゴの産卵は、申し合わせたように決まった時期に一斉に行われます。太古の昔から生きてきたサンゴのような生物は、精子と卵子を出す時期と場所を合わせることで、広い海の中で確実に出合う事ができるようにしたのです。

やがて海の中を泳ぎまわる魚達が、生まれてきました。動き回る魚達の精子と卵子が出合う為には、オスとメスが寄り添う事が必要になりました。メスが卵を産むのに合わせて、オスがメスの側へ行き、精子を振りかけます。陸へ進出した動物は、苛酷な環境で生きる為に、様々な仕組みを身につけました。

そして、オスとメスの出合いも大きく変わりました。精子や卵子は、空気中に出されると乾燥して死んでしまいます。そこで、精子を直接メスの体内に送り込む体内受精が始まりました。そして、オスとメスが互いに引き合い仲良くする事が、必要になったのです。互いに引き合う為に体の形を変え、また様々な求愛行動も生まれました。オスとメスがいる事が、生命の世界をより豊かにしているのです。

性は多様性を生む為だけでなく、平和を維持する役割がある

アメリカ・サンディエゴ動物園。ここに性の長い歴史の中で、画期的なことを始めた動物がいます。ボノボは人間に極めて近いと言われる類人猿です。このボノボの群れでは、チンパンジーなどで見られる争いはほとんど起こりません。

チンパンジーでは、エサを与えると激しい奪い合いが起こる事があります。しかし、ボノボでは食事の前に性行動が始まり、その後エサを分かち合って食べるのです。ボノボでは、性が持つ異なるものと仲良くするという力を使って、平和な群れを維持しているのです。

サンディエゴ動物園で研究を続けているドゥ・バール博士は、長年ボノボをはじめとする霊長類の行動を研究してきました。ボノボにとっての性は、子供を産む為だけにあるのではないのです。自分達が平和に生きていく為にも重要な意味があるのです。ボノボにとって群れで生活する事は、敵から身を守ったりエサを取る為にとても大切なことなのです。その群れを円満に保つ為に、性が使われているのです。

密林に住む野生のボノボ。普通の動物では発情期は、1年の限られた時期に決まっています。ところが、ボノボは、発情期がずっと長くなっています。そのためボノボは、日常的に性行動ができるようになりました。そして群れに争いなどの緊張関係が生まれそうになると、性行動を介してそれを和らげているのです。

大人になったボノボのメスは、生まれ育った群れから出て行き、他の群れに入っていきます。新しく群れに入ったばかりのメスは、積極的に仲間に入ろうとします。新しく来たメスと、古くからいるメスが抱き合い、その後二人は仲良く食事を始めるのです。多様性を生む為に進化してきた性は、ボノボで新たに群れの平和を維持する為にも使われるようになりました。性が、これまでにない新たな意味を持ち始めたのです。

共に生きるという生命の大原則

性のシステムは、オスとメス、男と女を作り多様な生命の世界をもたらしてくれました。そして、性のあり方が進化する中で、ボノボのように単に子孫を残すだけでなく、今を生きるもの達にとっても大きな意味を持つようになったのです。私達人間も、まさにそのような生き方をしているとも言えるのではないでしょうか?性は、実に不思議なものです。性のシステムは、違うもの同士が結びつくことから始まりました。男と女、オスとメスがいて、そして出合い、寄り添い、協力し合う、ここにも共に生きるという生命の大原則があるように思えます。

進化の原動力、性のシステム

太古の海で2つの細胞が協力する事で始まった性のシステムは、豊かで多様な生命を地球にもたらしてくれました。まさに性こそが、内に秘めた進化の原動力だったのです。子宮の中を精子が行きます。2億もの精子は、それぞれ違う遺伝子DNAを持っています。その中のたった一つが、卵子と結びつく事ができるのです。

精子は卵子にとって異質な細胞です。しかし、精子が卵子の表面に達すると、卵子を守っていた壁が開き、精子を迎え入れるのです。これがすなわち、受精です。精子のDNAが卵子の細胞の中に入ってゆき、精子と卵子、2つのDNAが寄り添うように近づいていきます。そして一つの細胞の中で共に息づき始めるのです。太古の昔、異なるもの同士が共に新しい生命を作り出した性のシステムは、今、私達にも絶えることなく受け継がれているのです。

編集後記

性のシステムは、そもそも互いに協力し合う性質から生まれました。そして、個性の多様性を可能な限り広げる為に、できるだけ遠い他人を選ぼうとしました。その事によって、様々な個性を持った生命、そして人間が生まれました。だからこそ、多様な環境に適応でき、生命、ひいては人類が繁栄出来たのでしょう。

その事を考えますと、自分と全く性格が異なる人と妙に気があったり、逆に自分と同じタイプの人を敬遠したりする理由が何となくわかるような気が致します。遺伝子学的に言っても、自分と異なる人とも上手に調和が取れるような仕組みになっていたのですね!そう、生命・人間には自分とは異質なものを受け入れられる特性が太古の昔から授かっていたのです。

また、ボノボのように平和を維持する特性も持っているのだと思います。なのにどうして、戦争(経済戦争も含む)、離婚、喧嘩、いじめなどの争い事が絶えないのでしょうか?性のシステムを考えてみますと、環境の変化や逆境にあった時に、協力し合う事が出来ないという事は、その種のひいては生命の危機かもしれません。人類の繁栄の為にも住み良い環境と平和を維持する為にも、お互い助け合い、協力しあることの重要性を今一度、思い起こす必要があるかも知れません。太古の昔から受け継がれたこのシステムこそが、進化の原動力なのですから。

性の進化と役割

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