今から3億6千万年前、この時代初めて陸という未知の世界へ挑んだ生命がいました。海で生まれた生命にとって、陸は決して生きることのできない厳しい世界でした。しかし私たち陸上動物の祖先、イクチオステガは様々な障害を乗り越え、ついに陸を目指したのです。一つの命が記した小さな第一歩、それは生命が新しい未来を開く大きな飛躍でした。そしてこの第一歩を踏み出すまでには1億年にわたる魚達の不思議な進化の物語があったのです。第3話では動物達はなぜ陸を求めたのか?それまでの苦難に満ちた進化の過程を辿ってみたいと思います
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◆ プロローグ
地球上にいる動物のうち陸上で生活しているのは、大きく分けます とわずか4分の1にしかすぎません。生命にとっては、海の中の方がずっと住み心地が良いようです。3億6千万年前、私たちの祖先は陸の厳しい環境を克服し、ついに上陸に成功しました。陸の厳しい環境に生き抜くために、自らの体の中にその仕組みを作り上げてきました。それは一体どのようなものだったのでしょうか
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◆ 河の誕生が動物達の陸への進出のきっかけに?
40億年前、生命は灼熱の海で生まれました。それ以来生命は、海に育まれ進化を続けてきました。20億年前には初めて酸素を利用して生きる細胞が作られました。 10億年前、その細胞が互いに集り単純な動物が生まれました。やがて様々な形を持った生 き物達が現れ、今地球上に生きる全ての生命の原形が生まれました。様々な物質を溶かしこんだ豊かな海、海は生命を支える掛け替えの無い場所でした。地球には既に大陸が生まれていましたが、そこには生命の姿は一切ありませんでした。豊かな生命が花開いていた海とは違って、荒涼とした大地が広がっているだけだったのです。
今から5億年前、その陸に大きな変化が起こりました。離れていた大陸が近づきはじめたのです。大陸がぶつかりあう場所では大地が盛り上がり、今のヒマラヤ山脈のような巨大な山が出現しました。山脈が大気の流れを遮ることによって、雲が生まれ大量の雨をもたらしました。降り注ぐ雨は、激しく山肌を削り谷が作られていきます。幾つもの流れが集まり、幅が数100キロという想像もつかないような大河が出現しました。地球に海でもない、陸でもない、河という新しい世界が 大きく広がりました。陸を目指した私たちの祖先にとって、やがてこの河が大きな役割を果たすようになるのです。
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◆ 敵から身を守る為に海から河への逃亡劇!
当時の海の覇者、オウムガイ!私たちの祖先にあたる最古の魚、アランダスピスは、この頃海に登場しました。魚とはいっても、ヒレはなく、自由に泳ぎまわるというわけにはいきませんでした。浅い海の底で泥の中から微生物を掬って食べる、おとなしい生き物だったと考えられています。この時代の海の頂点に立っていたのはオウムガイです。オウムガイは堅い殻を持ち、巧みな泳ぎを 身に付けていました。現在のイカはオウムガイの子孫です。オウムガイのように堅い殻はありませんが、水を噴射して巧みに泳ぐことができます。すばやい動きで魚を捕らえ、強い顎で噛み砕きます。イカと同じ様にオウムガイも強い顎を持ち、巧みに泳いで獲物を捕らえる獰猛な肉食動物でした。泳ぎが下手で長さ10センチ程の小さな魚達は、オウムガイの攻撃にいつも晒されていたのです。私たちの祖先にあたる最古の魚達、彼らにとって海は決して安住な地ではなかったのです。

古代の生物を研究しているアメリカワシントン大学のP.ヴォード博士は、魚達はオウムガイから逃れるために、河という新しい世界を目指したのではないかと考えています。当時の海の魚は、たくさんの肉食動物や競争相手がいる中で生きていました。敵から逃げる方法の一つは、隠れ家を見つけることです。そこで魚は何をしたかというと、河に行こうとしたのです。当時の河には、ほとんど生物が住んでいませんでした。ですから河に行くことは、敵から逃げる素晴らしい方法だったのです!
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◆ 新天地、河の障害とは?命をかけた魚たちの挑戦が始まる!
海に注ぐ大河、魚達にとってオウムガイの攻撃から逃れられる河は魅力的な場所だったに違いありません。しかし、河は簡単に行ける場所ではありませんでした。河の水は海とは違って、ほとんど塩分を含んでいません。海で生まれた生物にとって、塩分濃度の違いはすぐさま死につながる危険なものなのです。塩分濃度の違いは、生命の活動のもとである細胞そのものを破壊します。例えばゾウリムシは、海水の塩分濃度に合わせて生きています。これに塩分の含まれていない水を加えてみます。すると膜が破れ、細胞は壊れてしまいます。塩分の濃い細胞の中に回りの水が進入してくるのです。入ってきた水で細胞は膨らみ、破裂してしまいます。海で生きる生物にとって、塩分濃度の違いは簡単には乗り越えることのできない障害です。魚達にとって、河は魅力的な新天地に違いありませんでした。しかし、同時に河は危険な場所でもあったのです。河への進入、それは命をかけた挑戦でした。
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◆ 河という新天地を手に入れた最初の勇気ある魚 塩分濃度の克服
最初にこの障害に挑戦したのは、プテラスピスと呼ばれる魚です。プテラスピスは、塩分濃度の違いをどうやって乗り越えたのでしょうか?プテラスピスの体の長さは20センチあまり、頭の部分は固い甲羅に覆われ、胴体の部分は原始的なウロコで覆われていました。ウロコや甲羅は体を守ると同時に、体の中に水が入るのを防ぐことができます。さらにプテラスピスは塩分濃度の違いを乗り越える仕組みを体の中に作り上げていました。皮膚から入る水は甲羅やウロコで防げますが、エラで呼吸しているため、大量の水が体に入ってきてしまいます。そこでプテラスピスは、腎臓を発達させました。体に入った余分な水を血液から絞り出す、いわば強力なポンプでした。最古の魚が海に登場して6千万年、私たちの祖先は長い時間、何世代もかけて河口で淡水への挑戦を続けました。そしてついに、プテラスピスが自ら体の仕組みを変えることによって、初めて河という新天地を手に入れたのです。

北アリゾナ大学のD.K.エリオット博士は、河という新しい環境に進出したプテラスピスをさらに詳しく分析しています。プテラスピスの体は、今の魚と同じようにスマートな流線型をしていました。プテラスピスは、この流線型の体を活かして、自由に泳ぎまわることができたと考えられます。それは流れの早い河に適応した結果だと、博士は考えています。多くの動物は塩分を含む海水と、塩分を含まない淡水との間の急激な変化についていけません。魚の場合も多くは適応できず、河口で淡水に触れて死ぬ事もあったでしょう。ですから、その河に入りこむことに成功したプテラスピスにとって、 そこは敵や競争相手のいないとても住みやすい環境だったに違いありません。しかもその河は、栄養分に富んでいたので餌も豊富だったのです。
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◆ 河での魚達の様々な進化、最初に背骨を持った生物ケイロレビス

海から河へ生命の新しい舞台が広がっていきます。この頃、既に植物も河に入りはじめていました。緑色の藻の仲間が河口から河へ入り込み、やがて水中に根を張ります。そこの岩には苔が張り付き、水面の上に茎を伸ばすシダ植物も現れました。こうした植物の周囲には微生物が集まり、プテラスピスを支える食料となりました。そして河では、オウムガイのような敵に襲われる心配もありませんでした。河はまさに、新世界だったので す。また河には海にはない複雑な環境がありました。急な流れ、そして滝、そして時には塞き止められ、湖や沼にもなります。この河で魚達は、さらに様々に進化していくのです。
ではプテラスピスに続く魚達が、河でどのように進化していったのでしょうか?ヘミキクラスピスはプテラスピスに似ています。頭は固い甲羅で覆われていました。泳ぎをコントロールする為の小さな2枚の胸ビレを備え、早い流れをやり過ごすために平べったい体つきをしていました。川底にへばりつき、苔や微生物を食べていたと考えられています。ボトリオレピスの頭は、亀の甲羅 のような形をしていました。そして、その頭の後ろからは細長いヒレが伸びています。この不思議な形をしたヒレは、なんの為にあったのでしょうか。まるでイカリのように川底にこのヒレを突き刺すことで、早い流れに逆らったのではないかと、科学者は想像しています。顎と鋭い歯を備えた肉食の魚、クリマチウスも登場しました。川底の微生物などを食べていた魚達だけでなく、餌を求めてより早く泳ぎまわることを目指した魚も現れ始めたのです。塩分濃度の違いを克服した魚達は、河という新しい環境の中で様々な可能性を試していったのです。


ミグアシャの高さ30メートルの地層には、2千万年におよぶ魚達の進化の歴史が刻まれています。ここで見つかった化石の数は、既に5千個を越えています。その中に、これまでの魚とは全く違う特徴を持った魚が見つかりました。それは背骨を持った魚です。これまで外側に甲羅を持った魚はいましたが、体の中に固い背骨を持つ魚はいませんでした。ケイロレピス、3億9千万年前に登場した背骨を持った最初の生物です。ケイロレピスは、背骨の他にも今の魚と同じ特徴を備えていました。泳ぎをコントロールする2枚の胸ヒレと同じく2枚の腹ヒレです。さらに獲物を捕らえる顎と鋭い歯も持っていました。ケイロレピスは背骨を持つことにより強い筋肉を発達させ、すばやく力強い泳ぎができたと考えられます。しかし、背骨がなくても同じ様に早く泳ぐことができた魚達もいました。なぜ突然背骨ができたのか?それは科学者達を悩ます大きな謎でした。
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◆ なぜ魚達に背骨が必要だったのでしょうか?骨の大切な役割とは?
アメリカ・カリフォルニア大学のM.ゴードン博士は、生理学の立場から魚の進化について研究を続けています。博士は、背骨には強い筋肉を支えることよりも、もっと重要な役割があったと考えています。体の中の固い骨は力強い運動を可能にするだけでなく、骨にはミネラルの貯蔵庫という役割があります。骨はカルシウムなど、ミネラルを貯えるために生まれたのです。特にカルシウムの場合、生命の活動に欠かせないものです。カルシウムは、神経の働きや心臓や筋肉が動くために無くてはならないものです。カルシウムの量が不足することは、生命にとって大変危険なことなのです。つまり、河には塩分濃度の違いだけではなく、もう一つ命を支える重要なミネラルが不足するという問題があったのです。例えばカルシウムは、海に比べて10分の1から100分の1しか含まれていません。心臓を動かす筋肉細胞は、一つ一つの筋肉細胞が一斉に動くことで、心臓は体中に血液を送ることができます。この規則正しい動きは、カルシウムによって生まれているのです。カルシウム無しでは心臓は、すぐに止まってしまいます。つまり、カルシウム無しでは、生命は一時も生きていく事はできないのです。

M.ゴードン博士は、カルシウムの不足を補うために体の中に骨ができたと考えているのです。河の中のカルシウムの濃度は耐えず変化しています。カルシウムの多い時には、そのカルシウムを骨として貯えておき、カルシウムが不足した時には、この骨からカルシウムを補給します。こうしてどんな場合でも、カルシウムを安定して使えるようにする、それが骨の役割なのです。一見固く見える骨も、耐えず作り替えられています。固い骨は細胞の働きによって溶け、カルシウムが血液を通して体全体に補給されます。骨に貯えられているのは、カルシウムだけではありません。分析して見ると、骨にはマグネシウム、リン、硫黄、亜鉛、さらには鉄など、生命にとって必要なミネラルが含まれているのです。それらは実は全て、海に含まれているものと同じなのです。
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◆ 魚達の運命を左右した骨、骨は海の代わりだった?
海は生命を生み、生命を育んできました。海には生命が生きる上で欠かせない、大切な物質が溶けこんでいます。骨は、その豊かな海の代わりなのです。骨という海を持ったケイロレピス、生命は海から自立するための仕組みを体の中に作り上げていったのです。一方で、背骨を持たない魚達は、カルシウムが不足する河の中で生き抜くことは難しかったに違いありません。ある者は河に留まり、ある者は故郷の海に戻って行きました。しかし、その多くは絶滅への道をたどりました。背骨を持っているかどうかが、魚達の運命を左右したのです。そしてケイロレピスは、河の王者となって生き残りました。その後ケイロレピスの子孫達は、河だけでなく海にも勢力を伸ばしていきました。今や海や河を自由に泳ぎまわる魚達、私たちが知っているこの魚達は皆、ケイロレピスの子孫なのです。そして、陸上に住む私たちの背骨もケイロレピスから受け継いだものなのです。
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◆ 河への進出に骨は欠かせないもの、骨は命を支える海
骨は海を支える海!私たちの骨は、体を支えるだけの固いものだと思っていましたが、実は骨は命を支える「海」だったのです。私たちの祖先は、河に入って出来上がった機能を組み合わせ、新しい仕組みを作り上げたのです。骨は、海の代わりにカルシウムやミネラルを貯蔵します。もしカルシウムが不足すると、骨のカルシウムが溶けだし腎臓の働きによって、血液の中のカルシウムの量が一定に保たれるのです。骨を海の代わりに利用するという素晴らしい仕組みを作るまでには、河に適応できずに絶滅したり、海に戻ったりした生き物達の試行錯誤がありました。まさに河というのは、訓練の場だったのです。地球に河があったからこそ、陸上で必要な仕組みを前もって身につけることができたのです。ところで、陸で生活する為には、空気を補給しなければなりません。また陸で体を支える強い骨格を作らなければなりません。そういった仕組みを作るのにも、河という環境が深く関っていたのです。
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◆ このケイロレピスとは全く異なった生き方を選択した
ユーステノプテロンが陸上動物の直接的な祖先になった背景は?

ケイロレピスの作った4枚のヒレは、今の魚達に受け継がれました。魚達はこのヒレを活かし、水の中でいかに効率よく泳ぐかを競ってきたのです。ところが、こうした魚達とは全く違う生き方を選んだ魚が、ケイロレピスと同じ時代に登場したのです。
スウェーデン国立自然史博物館のH.ベーリング博士は、同じ魚でありながら別の道を歩き始めた、ある生き物に注目しています。ユーステノプテロンと呼ばれる魚の化石です。ユーステノプテロンという魚は、ケイロレピスと同じ様に背骨を持っていました。しかし、ヒレの構造がケイロレピスなど、他の魚とは全く違っていました。4枚のヒレに、それぞれ7本の指のような骨を持っていたのです。博士は、このユーステノプテロンこそが陸上動物の直接的な祖先だったのではないかと考えています。私たちの手の骨は5本ですが、ユーステノプテロンのヒレにはさらに2本、合わせて7本の骨があります。実は私たちも、生まれる前には7本分の骨があるのです。生まれた時には消えていますが、親指の外側と小指の外側に、6本目と7本目の骨の跡があるのです。もし人間が何かの動物から進化したとすると、このユーステノプテロンからと考えて良いのではないでしょうか?ユーステノプテロンの外見は、普通の魚そのものです。しかし、普通の魚のヒレには骨はありません。そのヒレになぜ、ユーステノプテロンは頑丈な骨を作ったのでしょう か?

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◆ ユーステノプテロンがヒレに骨を作ったのはなぜ?
H. ベーリング博士はこう考えます。ヒレはもちろん腕や足ではありません。しかしこのヒレは、水草の茂った場所で手足のように使われていたと思います。ユーステノプテロンは、湖の岸に近い所や浅い場所でこのヒレを使って、まるで手のように植物をかき分けながら動きまわり、餌になる他の魚を見つけて食べていたのではないでしょうか?ユーステノプテロンは、植物の多い湖や河の底に住んでいました。そこでは泳ぎをコントロールするしなやかなヒレよりも、草むらをかき分ける頑丈なヒレが必要だったと、H.ベーリング博士は考えています。そして水草の中で魚を待ち伏せし、すばやい動きで捕らえることができたのです。このユーステノプテロンの河の底に住むという選択が、ヒレの中に骨を作り、やがて陸に上がる動物へとつながっていくのです。
◆ 空気(酸素)呼吸に必要な肺を持つユーステノプテロン
海3熱帯雨林の広がる南米アマゾン、河沿いに湿地帯が延々と続く風景は、ユーステノプテロンが生きていた時代に似ていると言われています。この大湿地帯には珍しい魚達が住んでいます。その魚の一つが、泥の中に住んでいる肺魚です。空気呼吸する魚です。この魚はエラだけでなく、空気を吸う肺を持っているのです。澱んだ泥の中は、酸素不足になりがちな場所です。そこで酸素が不足したとき、空気中の酸素を吸うことができる肺を発達させたと考えられています。ユーステノプテロンが住んだ河や湖の底も、植物が腐ったりして、しばしば酸素不足が起きました。

H. ベーリング博士達の研究によると、ユーステノプテロンも肺を持ち、空気中の酸素を利用できたと考えられます。植物の増えた河の中で、既に空気呼吸が始まっていたのです。新鮮な空気を求めて水面に上ったユーステノプテロンの目には、陸の世界が見えたはずです。河の中で腎臓を発達させ、骨を作り、肺を作った今、陸は手の届く場所になりつつあったのです。
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◆ 最初に4本の足を持った動物はどんなのか?

最初に4本の足を持った動物は、ユーステノプテロンから1千万年後に現れました。イギリス北部スコットランドのエルジンに広がる森の中で、その化石は見つかりました。当時ここにはアマゾンのような湿地帯が広がっていました。イギリス自然史博物館のP・アルバーグ博士によって、今も発掘が続けられています。博士は、最初に4本の足を持った動物が一体どんな生き物だったのか、なぜヒレから足が生まれたのかを明らかにしようとしています。これまでに発見された化石はわずか十数個、その化石一つ一つを丹念に調べ、どの部分の骨かを推定していきます。わずかに残された足の骨の一部を手掛かりに今の生きている動物を参考にしながら、限られた化石をもとに全体像を復元していきます。頭蓋骨の大きさや形は、顎の骨から推定することができます。そして頭の大きさがわかれば、動物全体の大きさを推定することも可能です。肩の関接や足の骨の一部から、どのくらい体を支えることができたのかを想像することもできます。こうして復元された世界最古の4本の足を持った動物は体の長さは1,5メートル、姿は今のオオサンショウウオに似ています。この足で陸を歩いたのでしょうか?

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◆ いよいよ足の誕生!ヒレから足への進化
P. アルバーグ博士は4本の足がヒレから進化した理由は、浅い水の中に住んでいたからだと考えています。浅い水の中では、ヒレより足の方が動きやすかったからです。この最古の四足動物には、まだエラや尾ヒレがありましたし、他にも水の中で暮らす動物であることを示す特徴があります。ですから、この動物の足は浅瀬を歩く為のもので、陸を自由に歩きまわる為のものだったとは思えません。今のオオサンショウウオも4本の足を持っていますが、大半を水の中で暮しています。オオサンショウウオを見ると、浅い水の中ではヒレを使って泳ぐよりも、足を使って歩くほうが動きやすいことが分かります。オオサンショウウオは魚を待ち伏せして、鋭い動きで捕らえます。流れのある河の中でも、4本の足でしっかりと河の底を踏みしめ、歩くことができるのです。4本の足は陸の上を歩くのではなく、水の中を歩くために必要だったのです。この足では水の浮力が無ければ、体を支えることができませんでした。水から出て、重力が直接かかる陸では、もっと強い骨格が必要だったのです。
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◆ 陸への進出それは重力との闘い!最初に陸を歩いた動物、イクチオステガ!

このころ陸上では植物が進化し、10メートルを越えるシダ植物が森を作っていました。草木の作り出す影や茂った場所、そして土の中には、小さな虫も住んでいました。陸は、既に緑の大地に変わっていたのです。しかし、最初に4本の足を持った動物達は、陸を目の前にしながら上陸を果たすことができませんでした。陸に上がるためには最後の課題、重力という壁を乗り越えることが必要でした。
私たちの祖先は、最後の重力という壁を乗り越えるために、どんな仕組みを作り出したのでしょうか?その答えは、北極圏に広がる大陸、グリーンランドで見つかりました。1千万年後に現れた、イクチオステガです。頭蓋骨の大きさから、体の長さが1メートル以上あったと考えられています。背骨、そして後足もはっきりと残されています。指の骨も太く、頑丈な構造を持っています。イクチオステガの化石を発見したE.ヤロビック博士は様々な部分の化石を検討した結果、イクチオステガこそが最初に陸を歩いた動物だと確信しました。
E.ヤロビック博士によるとイクチオステガは、本当の足を持った動物でした。歩く為のものに違いありません。足の骨格は頑丈にできています。しかも、背骨の回りには頑丈な肋骨がありました。イクチオステガの骨格は、あまりに立派で、走ることができないくらい重かったでしょう。

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◆ 重力の克服、イクチオステガの骨格にどのような秘密が隠されていたのか?

イクチオステガの後足の骨は、350キロの重さに耐えることのできる頑丈なものでした。また関節は、足が前後に幅広く動けるようになっていました。さらにイクチオステガは、背骨の周りに始めて頑丈な肋骨を作っていました。実は、この肋骨が、本当の意味での陸上生活を可能にしたのです。浮力のある水の中とは違って、陸では肺や心臓など、大切な臓器がつぶれないように保護する必要があります。肋骨は体を横たえている時でも、どんな時でも大切な臓器を支え守ることができるのです。イクチオステガは、肋骨という新しい仕組みを作ることによって、初めて重力に打ち勝ち、陸でも自由に生活できる体を、遂に作り上げたのです。

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◆ 1億年・イクチオステガの陸への偉大なる第一歩!

陸への偉大なる第一歩!3億6千万年前、イクチオステガが初めて陸に向かう日がやってきました。最古の魚が河を目指してから、実に1億年という長い時間が過ぎていました。河という新しい環境が、陸で生きることのできる様々な仕組みを作りました。それは河に生きた魚達が、幾つもの障害を一つ一つ乗り越えていったからこそ、生まれたものでした。イクチオステガは、そのすべてを背負って陸を目指したのです。そして、イクチオステガの体の中には、骨という海がありました。海から河へ、そして河から陸へ、1億年という長い歳月をかけ海から自立した生命は、陸という新しい環境に立ち向かっていったのです。イクチオステガの偉大な第一歩によって、私たちにつながる動物の歴史は始まりました。

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◆ 人類・胎児の誕生は、まさに「胎内の海」からの上陸だった!
両生類、爬虫類、哺乳類、そして私たち人類、今や海はもちろん陸にも空にも生命は溢れています。背骨を持つことによって、そして、大切な海を体の中に持つことによって、地球上のあらゆる環境で生きることができるようになったのです。私たちは、生命のたどった上陸への歴史を体験しながら生まれてきました。子宮は、胎児を育む海です。宿ったばかりの胎児には、魚のエラのような形が現れます。手足の形は、最初魚に似たヒレから始まります。そのヒレは次第にくくれて、5本の指がハッキリと見えてきます。そして、出産直後の産声は初めての空気呼吸の証であり、まさに地球という海からの上陸の瞬間でもあるのです!私たちがこの世に生まれ出る時にも、母親の胎内という海(羊水)からの上陸が繰り返されているのです。そして、生まれてからも体の中に骨という海を持っているからこそ、生きていられるのです!子宮は進化の歴史が作り上げた精密な生命維持装置だったのです。母なる海に代わって、陸上で生命を生み出すことを可能にしました。出産の瞬間、羊水の海から飛び出した胎児は、産声と共に初めての空気を肺一杯に吸い込みます。まさに胎内の海からの上陸なのです!
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◆ 未知の世界へ挑戦する生命の不思議な力!
それにしても、水の浮力に頼って生きてきたイクチオステガが、陸に上がった時に感じた重力というのは、さぞかし大変なものだったでしょうね!イクチオステガは、なぜ住み慣れた水の中から厳しい陸に向かったのでしょうか?イクチオステガは陸という未知の世界に憧れていたのでしょうか?イクチオステガの上陸は、未知の世界に挑戦する生命の不思議な力を教えてくれました。理由はどうであれ、新しい環境に出て始めて、新しい可能性が広がるのです。もし、生命が水の中に留まっていたとしたら、今のような多様な生物に満ちた地球は存在しなかったでしょう!イクチオステガの上陸は、今の私たちにつながる、まさに第一歩だったのです。イクチオステガの子孫である私たちも、常に新しい世界に挑戦する不思議な力を受け継いでいるのでしょうか?未来を切り開く生命の力を教えてくれた上陸のドラマは、 同時に私たち生命を育んできた故郷の海が、何よりも大切であるということを教えてくれるのです!
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◆ 編集後記

いきなり21世紀に飛んでしまいますが、「進化」という視点で現在を考えてみたらどうなるでしょうか?
この平成大不況、長引く景気の低迷、環境問題、極悪犯罪の多発、心の形骸化など、厳しい時代の今だからこそ、我々人類は新しい可能性の世界へ挑戦する必要性を求められているのかも知れません!我々の祖先であるイクチオステガが、それを教えてくれているような気が致します。それでは、我々人間にとって「新しい世界」とは?また、どこへ進化するのでしょうか?
福島大学助教授の飯田史彦氏はその「生きがい論」(「本の扉」にて紹介)の中で、人間は何の為に生まれてくるのか?という問いに対して「成長する(心の進化)ため」と結論づけております。では、なぜ人間は成長しなければならないのでしょうか?皆さん、何だと、お思いですか?飯田助教授の解答は、「なぜなら人間は成長するのに最適な存在だからである。」と結論を出しています。
生命の進化をひも解いていくと、我々の祖先たちが多くのことを教えてくれると共に、熱いメッセージが聞こえてくるように思うのは私だけでしょうか?果たして人類は、これ以上に物質的(肉体的)進化をするのでしょうか?否、私が思うに人間の肉体の進化は究極のレベルまで達しているように思います。21世紀は精神(心)の進化が求められる時代になるのではないでしょうか?経営の神様、船井幸雄氏(「本の扉」に紹介)によると21世紀の時流に対する考え方は、まさに心の進化の転換期であると力説しております。経済経営的視点からの心の進化とは、つまり・・・@競争から共生の時代へ A対立から融合の時代へ B秘密から公開の時代へCエコノミーからエコロジーの時代へ・・・と変化するだろう!と語っています。今が、その分岐点かも知れませんね!我々人間もイクチオステガのように、未来の可能性に向かって第一歩を踏み出さなければならない時期かも知れませんね!ステーヴン・R・コヴィー氏はその著書、「7つの習慣」(本の扉にて紹介)の中で、次のように言っています。「自分自身の思い、自分自身の考えそのものを根本から変える事ができない人間は、周りの世界を変える事は、一切できない。根本的な変化(進化)は、インサイド・アウトから起きるものである。本当にその状況を改善したいのであれば、コントロールできる唯一のもの、(自分自身)に働きかけることである。」と。イクチオステガの陸という未知なる世界への偉大なる第一歩は、まさに自分自身を変えることによって、可能になったのです!


◆ 生命の歴史の年譜(早わかり表)
現在から 時代 主な出来事
第3話 5億年前 オルドピス起 大陸の衝突による巨大山脈の出現。
そして、大河の誕生
4億6千万年前 シルル紀 最古の魚、アランダスピス誕生
4億年前 魚が河へ進出!最初に腎臓を持ったプテラスピス
の登場。(
塩分濃度の克服)
3億9千万年前 デポン起 最初に背骨を持った魚、ケイロレピスの登場
ミネラル補給の克服、骨が海の代わり))
3億7千万年前 最初にを持った魚、ユーステノプテロンの登場
酸素呼吸の克服。ヒレの中に骨を持つ→手足代わ
り。陸上動物の直接的な祖先。
3億6千万年前 4本足を持ち、最初に陸へ上がった動物、イクチオ
ステガ。(
助骨を持つ→重力の克服)

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