江口 克彦

- 成功の法則 -

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成功の法則 - 松下幸之助は、なぜ成功したか - PHP研究所

著者紹介

PHP研究所代表取締役副社長。昭和15年生まれ。慶応大学卒業後、松下電器に入社。その後PHP研究所。昭和51年より経営を任され、平成6年現職に就任。

松下幸之助の晩年22年間、つねにその側で仕事をし、日々の交流の中で薫陶を受けてきた人。著作に『心はいつもここにある-松下幸之助』『経営秘伝-ある経営者から聞いた言葉』『松翁論語』『地域主権論』『日本再生計画』『松下幸之助に学ぶ-部下の育て方12の視点』など多数。松下政経塾参与、松下電器産業(株)理事、松下科学振興財団専務理事なども就任している。

本の概要

徒手空拳から一代で松下電器を世界的企業に成長させた松下幸之助。本書は、松下の晩年の22年間、その傍らにあって直接に、経営について、人生や人間観について教えを乞い、時に共に思索をしてきた著者が、なぜ松下が成功を収めることができたのか、その生き方・考え方のエッセンスを6つの法則としてまとめた成功への指南書です。熱意を持てば成功する、育てる心を持てば成功する、責任を自覚すれば成功する。大きな成功とは、一見些細と思われるようなことの積み重ねから生まれる。

松下幸之助に長年仕えた著者が、成功の法則を語リます。『経営とは人間学である』ということを痛切に実感させられる本でした。経営だけでなく人生の手引書ともいえます。

はじめに

「きみなぁ、成功の道というものは、いろいろの行き方があるけどね。でも結局のところ、おおむね同じじゃないかと思う。それは百人が百人とも持ち味があるからね、多少の違いというものはあるけれども、成功の道筋、軌道というものは、だいたいにおいて決まっている。いわば共通性があるということや。だからその軌道から離れたら、みな失敗の道になっていく。つまるところ甲の人の成功、乙の人の成功に、個性によって多少違いはあるけれども、成功への道は一つであるという感じがするな。」その共通性を六つの法則に分け、松下幸之助の実際の言葉を引用いたします。

第一の法則 
熱意をもてば成功する!

熱意からすべては始まる

「仕事をする、経営をする時に、なにが一番大事かといえば、その仕事をすすめる人、その経営者の、熱意やね。溢れるような情熱、熱意。そういうものをまずその人が持っておるかどうかということや。熱意があれば知恵が生まれてくる。」正しい熱意があるところ、必ず、成功の道が開けてくる。

「わしは学問もあまりないし、そのうえ体も弱かった。そういう点では、たいての部下より劣っている。そのようなわしが、ともかくも大勢の人の上に立ち、経営にそれなりの成功をおさめることが出来たのは、一にかかって「熱意」にあったと思う。」熱心さは、周囲の人を引きつけ、周囲の情勢を大きく動かしていく。

「世間は誰一人として君の成功を邪魔したりせんよ。やれないというのは、外部の事情というよりも、自分自身に原因があるものなんや。外部のせいではない、理由は自分にあるんだということを、常に心しておく必要があるな。」

「人を起用する時に、能力はだいたい六十点ぐらいもあれば十分やね。あとはその人の情熱でいくらでも伸びる。しかし、能力はあるけれども熱意が不十分だということになれば、その人をいくら起用してもダメやったな。熱意があれば必ず事業は成功する!けど、尋常一様な熱意ではあかんで。きっとこの事業を発展させようという、体ごとの、正しい熱意がないとな。」

第二の法則 
感動を与えられれば成功する!

人に感動を与えることが出来るならば、人はあなたの為に動いてくれるようになる。あなたが成功してくれるように、協力してくれる。人を感動させることができれば、成功への道は限りなく近くなる。

人に尋ねると得をする
威張って知識を見せつけるよりも、心を開いて尋ねる方が、実はずっと敬意を表される。しかも、自分が話を聞きたいのだという姿勢を見せれば、人はどんどん情報を持ってきてくれる。「いい意見やなぁ」「その話は面白いな」「きみの、その話はおおいに参考になるわ」とほめるのである。「わからないから教えて欲しい」と素直に尋ねた方がええな。ものを尋ねた方が慕われるというのは、知っておいた方がええな。

松下は、たくさんの人にものを尋ねることを「衆知を集める」という言葉で表現していた。「衆知を集めるということをしない人は、絶対にあかんね。小僧さんの言うことでも耳を傾ける社長もいるけど、小僧さんだからと耳を傾けない人もいる。けど、耳を傾けない社長は、あかんな。なんぼ会社が発展しておっても、きっとつぶれる会社やね。」

批判する人をほめる!
(大切な意見として聞けば、その時の批判は助言に変わる)自分を批判する人に対して、たとえいかに理不尽であっても、松下は弁明したり、反論したり、論争を挑むということはなかった。それどころか、むしろ自分を批判する人を招いて、さらに自分を批判されるべきところがあるだろうかと尋ねたりした。一方的な話を、松下は笑顔で頷きながら聞いていただけだった。その後、その人も松下への批判をぷつりと止めてしまうのである。松下は批判に対する弁明が、新たな批判の誘因になることを良く知っていた。

どのような見当外れの批判に対しても、松下は「なるほど、なるほど」と頷いて聞いているのが常だった。自分を批判する人をそこまで大事にした人も珍しいだろうと思う。しかも、いかなる話をした人でも、その人が帰った後、これもまた必ずといっていいほど、その人たちをほめた。

「なかなかいい人やったな」「いい話を聞かせてくれた。ああいう政治家がもっとたくさんいるとええのになぁ」「いい意見が聞けた。ありがたかったな。あの人の言うとおりや」と感謝の言葉を述べるのが常であった。それも口先だけの口調ではなく、いつも、心から感じ入ったような褒め方であった。そしてまた、不思議なことに、松下を批判していた人も、あれこれと話をして帰る段階になると「やっぱり松下さんは偉いねえ」と、いうことに変わり、考えも変わってしまう。松下幸之助と言う人間に感動し、松下幸之助の味方に豹変してしまうのである。

本質を評価する
松下はいつも、この人は自分よりもいい面を持っている、相当な力を持っている人だ、と思って人と接していた。それが、ほめるということである。口先だけでほめても人は感動しない。

誠実さ
(熱意と誠実さと素直な心は成功へのトライアングル)「お客様と約束をしてあるのだから、お客様に本当に満足してもらえるようにせんといかん。わしが身体をこわしているということは、相手には何も関係がない」私は先に、松下が成功した理由を一つに限って挙げよと言われたら、それは「熱意」であると述べた。しかしもう少し制限を緩めていただけるのならば、、「熱意」に加えて「誠実さ」と「素直な心」の三つを上げたいと思う。

感謝の心
(感謝の心は自然と人に伝わる。そして人を感動させる)松下幸之助は、事業の成功が自分の力、努力によるものであるとは、まったく考えていなかった。「今日、松下電器が一応の成功をしたのは、いい人がわしの周りに自然に集まってくれたから」というのが口癖であった。

「人は、松下さんは成功した、結構ですなと言うてくれる。なぜに成功したんですか?とよう尋ねられるけども、どうして成功したのか?わしにもわからん(笑)。いい部下に恵まれたこと、ひいきにしてくださるお客様がたくさんできたこと。そういうことやろうな。今日のわしの成功は、部下とお客様のおかげやな。成功の理由はそれやな。ありがいたいことやとしみじみ思う」そのような感謝の思いは、自然と社員に伝わる。社員を感動させる。

昭和五十三年は、松下電器が創業してちょうど六十周年となる年であった。その式で松下幸之助の結びの言葉は次のようなことであった。「そういう意味で私は、この六十年間にこれだけの仕事をしてくださった皆さんに、心からお礼申し上げたい」そう言って、松下は、壇上から降りてきたが、途中で立ち止まると、社員に向って深々と三回頭を下げたのである。

一人の老創業者が、こんにち会社の発展あるのは、ひとえに社員の皆さんのおかげだと、頭を下げていたのだった。松下はそれでもなお、自分には感謝の心がまだ足りないと考えていた。「昨晩、もっともっと自分は感謝報恩の恩に徹しないといかんと、そう思ったんや。これからは不平不満が出てきたら、感謝報恩に徹しよう、徹する努力をしよう。その努力を始める今日が第一日目であること。これから皆さんに合っても誰にあっても、感謝報恩の念で頭を下げようと思う。ぼくがそうでない時は皆さん、あきまへんといって注意してください」こう話したのは、松下が八十三歳の八月であった。もともとの松下電器の成功への出発点は、感謝であったと思う。

反省をする
(反省する人は成功する)「誰でもそうやけど、反省する人は、きっと成功するな。ほんとうに正しく反省する。そうすると次に何をすべきか、何をしたらいかんかということがきちんとわかるからな。それで成長していくわけや、人間として」松下幸之助は、一日の終わりに、布団に入って寝る前の一時間はその日の反省に当てよといっていた。愚かなのは、間違ったことそのものではなく、同じ間違いを繰り返すということである。

能力は六十点でいい
(実際やってみなければ、能力の点数はわからない)能力は成功の為に、一体どれだけ必要なのだろうか?「六十点の能力があれば、その人にどんどん仕事を任せたらいい」というのが松下の人材感であり、また実際にそのやり方でたいていは成功した。能力は六十点でいい。しかし誰にも負けない熱意がなければいけない。そして、努力することである。

汗の中から知恵を出せ
(塩の辛さはなめてみなければわからない)以前、どこかの会社の社長が、知恵ある者は知恵を出せ、知恵無き者は汗を出せ、それも出来ない者は去れ、と社員に言っていたことがある。松下はその言葉を聞くと、「あかんな、つぶれるな」と言った。「本当は、まず汗を出せ、汗の中から知恵を出せ、それが出来ない者は去れ、と、こう言わんといかんのや。知恵があっても、まず汗を出しなさい。本当の知恵はその汗の中から生まれてくるものですよ、ということやな」

汗を流し、涙を流し、努力を重ねるうちに、ほんものの知恵が湧いてくる。身についてくる。努力をし、汗の中から生まれた知恵は本物である。本物の知恵だから、人を説得することが出来る。動かすことが出来る。感動させることができる。だから迷わず努力することである。

「きみ、奥義を極めた先生から三年間水泳に関する講義を受けたとしても、直ぐに泳ぐことはできないやろ。やはり泳ぐには、水につかって、水を飲んで苦しむという過程を経ることが必要やな。そのあとにようやく講義が役にたってくる。そういうもんやで」「塩の辛さ、砂糖の甘さというものは、何十回、何百回教えられても、本当にわからんやろ。なめてみて、初めてわかるものや」

成功するようになっている
(自然の理法に従う)「経営はもともと成功するようになっておる。それが成功しないのは、経営者が自然の理法に則って仕事を進めておらんからや。やるべきことをやる、なすべからざることはやらない。そうしたことをキチッとやっておれば、経営は一面簡単なものや」
すなわち、自分が思い通りにいかない、成功しないというのは、自分にとらわれていたり、あるいは私利私欲にとらわれて、なすべきことをしないからである。自然の理法に従っていないからである。それでは、どうすれば、自然の理法にのっとることが出来るのか?松下は、「素直な心」になることであるという。

第三の法則 
些細を積み重ねれば成功する!

日々当たり前のことをする
ある新聞記者が「あなたは非常に成功したと思うが、その成功の秘訣は何か?ひとつ話をしてくれませんか?」と質問した。「まぁ、天地自然の理によるんですわ」面食らった新聞記者は「天地自然の理…具体的に言うとどうなるのでしょうか?」「雨が降れば傘をさす、ということですわ」商売、経営に発展の秘訣があるとすれば、それはその平凡なことをごく当たり前にやるということに尽きるのではないか。それを着実に実行していくならば、仕事なり経営というものは、もともと成功するようになっている。

「取引先のうまくいっていないところをみるとな、やはりその店主の力以上のことをやっているんやな。ほとんど例外なしと言っていいほど、自分の力以上のことをやっているんや。それに対して、うまくいっているところは、その店主の力の範囲で仕事をしておったな。たくさんのお得意先がおったから、それがよくわかるんや」 志はもちろん大切だが、その一方で日々当たり前のことを積み重ねながら、実力を蓄えていくことが大切である。

弱さからの出発
(弱さを貫き真の強さに変えること)「衆知を集めて経営をしたのも、わしが学校を出ていなかったからやな。もし、出ておれば、わしは人に尋ねるのも恥ずかしいと思うやろうし、あるいは人に聞く必要もないと思ったかもしれん。けど幸いにして学校へ行っていないからね。そういうことであれば、人に尋ねる以外にないということになるわな。それで経営も商売も、人に尋ねながらやってきた。それがうまくいったんやな。そういうことを考えてみると、今日の、商売におけるわしの成功は、わし自身が凡人だったからだと言えるやろうな」

ゼロからの発想
(今あるものに継ぎ足すな!)不況のときに松下がいつも言っていたのは、「風が吹く時は絶好や。凧がよう上がる」という事であった。つまり景気の悪いときこそ改善、改革はやりやすいということである。その改善、改革をするにあたっては、「今あるものに継ぎ足すな。今あるものをゼロにして、どうするかを考えよ」と強調した。今あるアイロンを見て新しいアイロンを考えるのではなく、ゼロから考えて新しい製品を作れということである。今あるものに継ぎ足すのではなく、全部否定してゼロから発想してみる勇気を持つことが重要である。そこから大きな飛躍が生まれる。

人間観が第一ボタン
「人間は偉大な存在である。いわばこの宇宙においては王者だ。ええか、きみ、経営をしておっても、どの人も王者だ、と言う考え方を根底に持っておらんとあかん。そこが大事やで。社員の誰に対しても、ああ、この人は素晴らしい存在なんや、偉大な力を持った人なんやと考えないといかんね。それを、これはたいした人間ではないとか、昨日は入ってきたばかりの、なんも知らん社員やとか、あるいは力のないつまらん人やとか、そういう考えで社員と話をしたらだめやな。むしろ、部下が偉く見える、という気分にならんとな。」人間は王者である、偉大な存在であると考えれば「そうだ、この人に意見を尋ねてみよう、この人の話を聞いてみよう」という事になる。

「経営者にとって一番大事なのは、この人間観やな。人間をどう見るか、どう捉えるか。そこをきっちりと押さえた上で経営を進めんと、大きな成功は得られないと思う。全ての経営理念の出発点はここからやで。きみ、ここはしっかりと覚えておかんとあかんよ。まあ、この人間観は経営における第一ボタンやな、早い話がな、最初かけ違えると、きちんと服が着れんのと同じやがな」経営者にとって一番大事なのは、この人間観である。人間をどう見るか?どう捉えるか?経営のみならず、どのような人間観を持つかということは、いつの時代にも通じる普遍的な成功の秘訣であるように思われる。

第四の法則 
育てる心を持てば成功する!

「それは駄目だ。そんなの答えになっていない。お前は役に立たない」松下は、二十二年間を側で過ごしたあいだ、一度もそういう言葉は言わなかった。本人が気が付くまで、自覚するまで、根気良く尋ね続ける。その松下の姿勢には、若い者を、部下を育て上げたいという愛情が感じられた。

自分がもう一つ努力する
(育てたいという心があればこそ知恵が出る) 決して松下が上からものを言って人を動かそうとしなかったのは、人間は全て誰もが無限の価値をも持った尊い存在なんだという、松下の人間観にもとづいている。その人間の無限の価値を引っ張り出すためには、今ここで自分が我慢する、自分がもう一つ努力する。それによってきっと自分よりももっと優れた人材に育ってくれるだろうという気持ちが、松下の振る舞いの根本にあったのだ。

部下にものを尋ねる
(松下幸之助は実によく部下にものを尋ねていた)「ところで、きみ、部下の話に耳を傾けるということは大切やで。部下の話を聞くと、えらい得するよ」確かに松下幸之助はじつによく部下にものを尋ねていた。必ず前傾の姿勢になり、相手の目を見てうなずき、部下に話をさせる。そして自分のわからないことについては、ためらいなく尋ねた。その簡単なことが、実に絶大な効果を発揮する。まず第一に、部下がやる気を出すのである。第二番目に、情報を集めることが出来る。「話を聞くというのは、経営者としてこんな得な、ええやり方はないわな、早い話」

耳を傾けてほめる
(内容よりも、来てくれた誠意をまずほめる)「部下の話を聞く時に、心掛けないといかんことは、部下の話の内容を評価して良いとか悪いとか言ったらあかん、ということやな。部下が責任者と話をする、提案を持ってきてくれる、その誠意を努力と勇気をほめんといかん」

松下は、一度も「それはつまらない」とか「自分も考えていた」とは言わなかった。どんなことを言っても「う~ん、なかなかいい考え方しとるなぁ」「いい意見やなぁ」「そういう考え方もできるな」と感心した様子を示した。

松下はいつもいたく感心した様子でほめる。ほめられた部下は喜び、これからどんな情報でも松下に持っていこうと心に決める。自分が話を聞きたいのだという姿勢を見せれば、部下はどんどん情報を持ってきてくれる。松下は、そうしてたくさんの情報を手に入れていた。

「部下が責任者のところへ話しに来る、その行動をほめんといかんのや。あんた、ようわしのところへ来てくれた、なかなか熱心な人やな、と言うてまずそれをほめんといかんわけや。その部下が持ってきた話とか提案の内容は、早く言えば二の次でいい。そうすると部下は、それからなお勉強してどんどん責任者のところへ話とか情報とか提案とか、そういう知恵を持ってきてくれるようになるんや。なんでもいいから部下に知恵を持ってきてもらう。それが大事やね」

根気よく
「部下に話を聞く時に大事なのは、何度も質問することや。うん、それは根気がいるわね、そういう人の育て方というのはな。まあ、指導せずして指導しているわけやからね。けど、本来そういうやり方が人材の育て方やな」 松下は自分の考えを言うよりも、むしろ質問するほうが多かった。

「部下の話を聞く時には、その根気がないとだめやな。聞くということによって責任者はいろいろ得することが多いけれど、しかし同時に責任者は聞きながら、きっとこの部下を育ててやろうという気持ちを持っておらんといかん」 きっと育ててやろうという気持ちがなければ、根気良く聞き続けられるものではない。

叱り方
(一番大切なのは人間観をどう持つかである)「わしが部下を叱る時には、何かを考えたり、配慮するというようなことはないよ。とにかく叱らんといかんから叱るわけで、この時はこういう叱り方をしようとか、考えて叱るという事はないな。なんとしても育ってもらわんといかんわけやから、あれやこれや、姑息なことを考えながら叱ることはあらへんよ。そんな不純な叱り方はせんよ。私心なく一生懸命叱る。叱ることが部下の為にも組織全体の為にもなると思うから、命がけで叱る」

「叱る時には、本気で叱らんと部下は可哀相やで。策を持って叱ってはあかんよ。けど、いつでも、人間は誰でも偉大な存在であるという考えを根底に持っておらんとね」松下の叱り方が激しいものであったにもかかわらず、結局はその叱り方に温かさとやさしさを感じるのは、そうした松下自身の人間観によるものであろう。松下が激しく怒っている、その瞬間にも、この人には部下に対する思いがあるのだということが自然に感じられた。だからこそ、松下は「叱り方」がうまいと言われた。

松下幸之助は、昨日入ってきた新入社員にも、お茶を運んできた女性社員にも、電気製品の点検に来た男性社員にも、誰に対してもまず、この人は人間としての無限の可能性を持っている、無限の価値を持っている、という考え方で接していた。だから話をしても叱っていても、おのずと本質のところで相手を高く評価しているという印象を与える。あなたは部下を叱って、何人の部下から「ありがたかった」と感謝され、感動されたことがあるだろうか?

考え方の伝え方
(燃える思いで繰り返し訴え「なぜ」を説明する)「100%を伝えるためには、100%の思いを込めて話をする。しかし、実際にはその程度の思いでもあかんのやな。思いがまだ足りんわけや。部下に伝わっていくうちに、しまいには10%ほどになってしまうよ。100%を部下の人たちに伝えようとするならば、責任者は1000%の思いを込めないといかん」

溢れんばかりの思い、祈りにも似た情熱が込められた内容でなければ伝わらない。そして、燃えるような思いで訴えなければ伝わらない。社員が自分の話を十分に理解しないとこぼす経営者がよくいるが、経営者自身が1000%の思いを込めて社員の人たちに訴えているかどうか?「それから、繰り返し話をする、繰り返し訴えていくということも大事やね。繰り返すことが、経営者の考えを浸透させることになるな」

「とにかく、わしは毎日、話をした。そうすると、社員諸君ははじめはただ、へえ、そうですか、ということやな。けど、繰り返し話をしておると、だんだんと、なるほどそうかと。そりゃ自分たちもやらんといかんですな、ということになる。やがてしばらくすると、社員の方が一生懸命になって、大将、なに言うてますねん、そんななまぬるいことではあきません。わたしらについてきなさい。ハハハ。ほんまにそやで」

第五の法則 
責任を自覚すれば成功する!

方針を明確に打ち出す
「わしはいままで長い間経営というものに携わってきたけど、方針というものをいつも明確にしてきたな。こういう考え方で経営をやるんだ、こういう具体的な目標を持って経営を進めるんだ、こういう夢を持っていこうやないか、と常に従業員の人たちに話し続けてきたんや」「天地自然の理にかなっているかどうか、ということも考えないといかんね。それくらいの気持ちで考えんと、力強い方針にはならんよ。まあ、そういことやから、方針を決めるということは経営者にとってすれば、並大抵のことではない。全身全霊、命をかけてするもんや。基本理念も、具体的目標も、理想というものも、経営者自身の、いわば悟りなんや」

基本理念を守らせる
(成功しても、方針に沿っていなければ価値がない)「そういう考えではあかんわ。経営者として失格や」このように松下は、方針から外れることは絶対に許さなかった。私が厳しく叱られたのは、常にそのような時であった。特に方針の基本理念から外れることを、決して許さなかった。一方、方針に沿って成功したときは、大変にほめられた。「きみはようやったな」「きみは、わし以上の経営者や」「きみはえらいな」「ようやった、大成功やったな」「部下の人たちにもよろしくいってくれや」

また、方針に沿って、しかし失敗した時には、慰めてくれた。「きみは心配せんでええで」「それよりもな、志を失ったらいかん。これまでどおりの気持ちでやるように」「あとはわしが引き受ける」と助けてくれるのであった。方針がハッキリしていればこそ、部下は力強く自由な活動ができるのである。

●会社は公のものである
「会社の仕事を公の仕事だと社員に訴え続け理解してもらったことも、成功の要因の一つと言えるわな。会社は個人のものではない、わし一人のものでもなければ、社員一人ひとりにとっても個人のものではない。公のものである、と、そういうことを言ってきた。我々自身だけの為に経営しているのではない、社会の人々の為、社会の発展の為、人々の幸せの為に仕事をするんです、とそういうことをみんなに話してきたんや」一方、社会に対して責任を持たない会社、自分のところだけ儲けたらそれでいいという会社は、社会に害を流す。そんな会社が発展するはずがない。

会社を成功させる人と失敗させる人はどこが違ったのか?煎じ詰めていくと、失敗する人には、「私心」というものがある。成功する人には「私心」というものがなかった。

●使命感を悟る
「経営者の心がまえとして、要求されるものはいろいろあると思うけれども、一番肝心なものというならば、経営についての使命感というものやな。基本となる使命感を、どの程度にもてるか、どの程度に自覚するかによって、経営の一切に変化が生じてくるからな」「その当時、思ったんや、この世から貧をなくすことがわしらの使命なんや。そこで、悟ったんやな、わしなりに。そしてこれがわしの経営を進める基本の考え方になった。そういうことがあって、わしは自分の事業を一段と力強く進めることが出来るようになったんや」

命をかける
「信長は酒を飲んでいても隣国のことを忘れなかったという。命をかける覚悟というものがなければ、経営者になるべきではない」

活動する哲人であれ
「経営者にとって大事なことは、何と言っても人柄やな。結局これに尽きるといっても、かまわんほどや。まず、暖かい心というか、思いやりの心を持っておるかどうかということやね」 人柄という、あまりにも素朴なことを松下が重視していたことは、強調しておきたい。「それから、誠実な人柄でないとな。ものごとをまじめに考える。一生懸命考える。そして、それに取り組む」

「それからな、もうひとつ付け加えれば、経営者は素直でないといかんということやな。極論すれば、この素直な心をもし完全に身につけておれば、いままでわしが言うてきたことは、なんにもいらんとも言える。そやろ。素直な心であれば、何が正しいか、何をしなければならないのか、ということがおのずとわかるから、この素直な心を身につけることに成功すれば、もうこれだけで十分だと言える。それほどのもんやね」

第六の法則 
人間観を正しく持てば成功する!

松下が商売をやりながら、経営をやりながら、常に考え続けていたことは、「人間の幸せ」であった。人間というものにどうプラスになるか?ということであった。

自然の理法に従う
「わしは何をひとつの拠りどころにしたかというと、この宇宙とか自然とか、つまり万物というか、そういうものやったな」お日様を見ていると、ああ、素直な心で考え、行動しなければと、自然と感じられてくる。お日様は何に対しても分け隔てなく陽射しをおくっている。

人間にも動物にも、植物や虫達にも。あの人はいい人ですから陽を当てることにします、この人は悪い人ですから陽は当てません、ということはない。人間には当てるが植物には当てません、ということもない。その現象は、まったくとらわれていない。お日様だけでない。この宇宙にある全ての営みが、自己にとらわれていない。月も風も森の木々も。

「考えてみればこの宇宙に存在する一切のものが、自然の理法に従って、おのれにとらわれず、それぞれの行動をしておるんや。人間も宇宙自然の存在ならば、同じように自然の理法に従って、自分にとらわらず考え、行動しないといかん」こだわらず、とらわれず、素直な心で考える。行動する。その時に私達は、正しい判断をすることが出来る。

生成発展こそ自然の理法
「自然の理法は生成発展の性質を持っておるんやから、ものごとは、この自然の理法に則っておるならば、必ず成功するようになっておる。成功しないのは、この自然の理法に則っていないからで、それは自分にとらわれたり、なにかこだわったりして、素直に自然の理法に従うようなことをせんからやな」われわれ一人一人の仕事でも、企業の経営でも同じである。もともと成功するようになっている。それがときとして成功しないのは、自然の理法に則って仕事を進めていないからである。

「いい物を生産し、多くの人たちに満足されるような安価で販売すれば、商売は繁盛する。ごくごく当たり前のことをすれば、商売とか、経営というものは、必ず成功するようになっておるんや」

本当の素直とは
(素直な心が人間を幸せにする) ところが、私達はなかなかそれが出来ない。自分の感情にとらわれる。立場にとらわれる。地位や名誉にとらわれる。自然の理法になかなか従うことが出来ない。それゆえ、かえって状態を悪くする。無用な苦労をする。「それがうまくいかんというのは、とらわれるからや。素直でないからや。だとすれば、素直でないといかん、と。素直な心こそが人間を幸せにし、また人類に繁栄と平和と幸福をもたらすものであると、わしはそう考えたんや」「本当の素直とは、自然の理法に対して、すなわち本来の正しさに対して素直であると、そういうことやな」

人間の幸せを実現するため
松下は自ら興した松下電器の究極の目的を、金儲けではなく、人間の幸せを実現するということにおいていた。したがって、松下で仕事をするということは、利益を上げることが究極の目的ではない。それはあくまでも結果であり、究極は「どうしたら人間に幸せを与えることが出来るか、どうしたら人間に喜びを与えることが出来るか」と考え続けていくということである。『全ては人間の幸せを実現するため』それこそが、松下幸之助の目指したことであった。

人間としての成功
一般的には、高い社会的地位や名誉を得た人、あるいは仕事を大きく発展させた人、財産をつくった人が成功者といわれる。松下幸之助は、そのような意味で、人からよく成功者であると言われた。しかし自分自身では…「わしは必ずしも成功したとは考えておらん。なんといっても、人間として生まれてきた以上は、人間としての成功が大事やからね。まだまだそういう意味では成功したとはいえんわけや」と言うのが常であった。

松下が94歳で亡くなる年の正月のことだった。松下は大学建設の夢について話し始めた。それも、その大学の理事長になるということではなく、自分が第一号の学生になりたいという夢であった。「まだまだ勉強せんといかんもんが、いっぱいあるわけや。勉強しようと思うんや。それでまず時間割な、あれを考えてみたらどうやろな」学ぶ姿勢、そして熱意は最後までとどまらなかった。

編集後記

松下幸之助にとって経営とは、単に経営学の枠にとどまらず、思想家、哲学者、そして偉大な人間愛にもとづいた人間学者だったのではないかと思います。松下幸之助の哲学は人間を出発点として、「衆知」と「自然の理法」の二つを思考軸に支えられています。結局は、松下幸之助の成功は、ごくごく「平凡なこと」、ごくごく「当たり前のこと」を、熱意をもって努力し、誠実と思いやりの気持ちを持って、自分のことより、他人の事、世の中のことを考えて強い信念で取り組んだ結果なのではないでしょうか。それが、「自然の理法」なのでしょうね。もっと簡単に言うと、「自然の理法に沿った溢れんばかりの人間愛」の実践だったとも言えるのではないか、と思います。

「成功への王道」は極めて平凡な原則なのだ、そして、これこそがいつの時代にも通用する不変の「成功への王道」なのでしょう。松下幸之助は「雨が降れば、傘をさす」と言いました。雨が降る。人々は濡れないように、ごくごく自然に傘をさす。その自然の振る舞いの中にこそ、成功への道があるのでしょうね。 

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